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「笑い男」事件は実現可能か 「攻殻機動隊 S.A.C.」好きの官僚が解説アニメに潜むサイバー攻撃(10/12 ページ)

» 2019年05月24日 08時00分 公開
[文月涼ITmedia]

F: 1つは、第1幕のアオイ君の正義感が暴走した口調と所作と、第2幕の上段に構えた慇懃な口調とその所作に差があること。その後のアオイ君の登場を見ると、角は取れたものの、慇懃にもシニカルにもなっていません。たぶん「クソッたれな世界」とは言っても「掃きだめ」「挑戦」「消去」とは言わない感じがするんです。

K: いわれてみれば、そんな気がするかも……。

F: 2つ目。警視総監暗殺予告で、笑い男マークを上書きされたのは、「放送映像」と「大堂がそれっぽいしぐさをしている」だけで、会場にいる人は、誰も驚いていないんです。つまり、大堂以外の人の目には上書きされていないんじゃないかと。そこにハッキングスキルの差を感じる。

K: え? えええええ?

F: つまりこれが最後の「笑い男」、おそらく黒幕が抱える実働部隊の中の人でしょう。まぁ、これはあくまでも個人の見解、「あまたの考察」の一つでしかないんですがね。ただ、そう仮定すると、アオイ君のハッカーとしての姿に迫ることが容易になるんですよ。

photo (C)士郎正宗・Production I.G/講談社・攻殻機動隊製作委員会

第3幕・リアルなハッカーの生き様

F: アオイ君は電脳硬化症ワクチンに関する薬害事件に憤り「青臭い正義感」で、「謀略の真実を本人たちの口から語らせる」ことにこだわる人物でしょう。すさまじいハッキングスキルはあっても、身体的には体力もほとんどない。電脳硬化症という病におびえる身でもある。しかし例えそれが憔悴感の裏返しとして、無意識のうちに発する生への希求心からであっても、打算と私欲のない、むき出しの「青臭い正義感」が彼の生き様であり特性です。それが人を動かす熱なんです。

K: 青臭い正義感の系譜は、トグサ、草薙少佐、荒巻課長に通じる一本の縦線といわれましたね。

F: 目的のために「脳潜入」をして相手を完全にコントロールすることができても、「フェイクによって『真実』を作ったら、それは意味がない」と言い切り、操って証言はさせない。行動が法には決してマッチしないものの、彼なりのボーダーラインも持っている、いわば「理性あるブラックハッカー」です。その彼が、第1の事件の後、なぜ姿を消したと思いますか?

K: 「掃きだめのような世界が嫌になったから」ではないんですよね。たぶん。

F: 最初に瀬良野社長が誘拐された後、間髪を入れずにセラノ社に100億円の現金と100キロの金塊が身代金として要求がなされています。彼があずかり知らぬ所でね。もし彼が瀬良野社長を説得するためと追跡を受けないため、ネットにはつながず、瀬良野社長と一対一でつながっているだけだったとしたら、たぶん彼はその事実を知らなかった。しかしカメラの前で社長にしゃべらせることに失敗した彼が、状況を確認するためにネットに接続した時にその事実を知ったら、どう思うと想像しますか? 自分が悪い意味での主役で、事態を掌握しているはずが、知らないうちに盤上の駒にされていた。さらに、自分が犯人として次々に企業脅迫が行われていく。

K: 愕然(がくぜん)とした?

F: いや、ハッカーにとって一番恐ろしい、「見られている」を味わったんですよ。もしくは「お前など、どうとでもできる」か。

K: え? ぜ、前者は何となく分かりますが、後者は……。

F: 彼が瀬良野社長を誘拐した直後に、身代金要求がなされたことに、おそらく彼は、彼の行動が誘拐直後、もしかしたらそれ以前から何らかの形で監視されているということに気付いたんではないでしょうか。だから、間髪入れずに身代金要求も行われた。もし身代金を要求しながら瀬良野社長がすぐに帰ってきてしまえば、それこそ茶番劇になってしまいますからね。

 ということは盤を支配している何者かは、事態を把握して、彼がどう行動しても、事態がどう転がっても、コントロール可能な力を持っているのではないかと。もし彼が仮に「自分じゃない」と発信しようものなら、今度は「暴力」で消されて、そのまま「姿なき犯人」にされるかもしれないと。ローンウルフのハッカーにとって、一番怖いのは身元が割れ「物理的な力」で襲い掛かられた場合、ほとんど無力であるということです。ネットでは神でも、現実世界では単なるひ弱な青年でしかない。それに……。

K: それに?

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