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キホンから分かる製造業のAI事例 検査・検品に“AI研究員”もよくわかる人工知能の基礎知識(4/4 ページ)

» 2019年11月18日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]
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計画立案

 「スマートファクトリー」や「インテリジェントファクトリー」といった概念では、工場内の個々の作業の効率を上げたり、部品の故障に即座に対応したりするだけでなく、工場の作業全体、あるいはサプライチェーン全体を統合して、製造工程を最適化することが目指されている。

 小売店の販売データで需要を予測し、原材料の購入を価格ができるだけ安いタイミングで実施。さらには部品を仕入れるサプライヤーの稼働状況を把握した上で、自社の製造計画を立案、それに基づいて設備のメンテナンス実施計画を修正し、全体として最小のコストで最大の利益を獲得できるように全体を調和させる――といった具合だ。

 もちろんこれは理想の姿で、現状のシステムとは程遠い。さらに研究が進めば、複数の要素を考慮した全体最適を実現するという、人間の計画立案者でも不可能に近い判断を行ってくれるAIが登場するだろう。

「AI研究員」の登場

 そして、製造業では研究開発の分野でもAI活用を進めている。具体的な取り組みをみてみよう。例えば、AIに大量のアイデアを生み出してもらい、さらに個々のアイデアの可能性まで探らせるという活用例がある。

 前回の記事で、香港のAricalというスタートアップを紹介した。建設業界で活動する企業だが、彼らが行っているのがまさにこの手法だ。AricalのAIは、与えられたさまざまなパラメーターに合致する建築デザインを何百、何千と生成し、さらに個々のデザインがどのようなパフォーマンスを実現しそうかまでシミュレーションしてくれる。人間は、その中から優れたデザインを選べばいい。これにより設計に掛かるコストと期間を大幅に節約できるだけでなく、人間の労働力では物理的に不可能な「あらゆる可能性を網羅して最適解を見つける」ことが可能になると期待されている。

 建築物だけでなく、例えば航空機のパーツや家具など多様な分野でこうした手法が使われるようになっている。特に活用が進んでいるのが製薬業界だ。

 米サンフランシスコのNumerateという企業は「データ駆動型薬剤デザイン」(Data-Driven Drug Design)を掲げ、機械学習を活用して特定の疾患に効果のありそうな分子化合物を割り出す取り組みをしている。

 従来、そうした分子化合物の選定は人間の専門家の役割だった。AIを駆使することで、膨大な候補を短時間で検証できるようになり、従来は「これはあり得ないだろう」と見向きすらされていなかったアイデアも検討できるようになったという。

 実際に同社は、従来は開発に10年ほど掛かっていた抗HIV薬について、より効果が高いものをわずか半年で開発した。こうしたAI活用が認められ、彼らはドイツの大手製薬会社メルクや、日本の武田製薬などと業務提携するに至った。

 さらにひねりを加えたアプローチを進めている製薬系AIスタートアップも存在する。英国に拠点を置くHealxという企業だ。

 彼らが行っているのは、ある疾患に有効な既存の薬剤の中から、新たな薬効を見つけ出して実用化する取り組み。既存薬に新しい役割を与えるという意味で、「ドラッグ・リポジショニング」や「ドラッグ・リパーパシング」などと呼ばれている。市場に出る前に開発中止となった薬剤も対象で、その場合は「ドラッグ・レスキュー」とも呼ばれるそうだ。創薬に必要な研究開発のコストを抑えるのに有効であるとして、近年注目されている。

 Healxはこの「リポジション」にAIを活用し、特に希少疾患での創薬に力を入れている。希少疾患は、仮に有効な治療薬が見つかっても市場の広がりが期待できないため、製薬会社にとっては取り組むインセンティブの低い分野だ。しかし患者数の多い疾患はその競合企業も多く、次第に希少疾患に目を向ける企業が増えてきている。

 Healxはドラッグ・リポジショニングにAIを組み合わせ、既存薬剤に関して既に蓄積されている大量のデータをAIに与えた。さらに複数の薬剤を並行して分析させることで、研究開発のコストを大幅に引き下げて希少疾患に対応しようとしている。

 彼らの開発したAIプラットフォーム「Healnet」を使えば、新しい治療法の発見から臨床試験を実施するまでに掛かる時間を、従来よりも大幅に短縮できるという。Healxは、このプロセスを24カ月に縮めることを目指しているそうだ。こうした独自のAIシステムを武器に、彼らは「2025年までに100種類の希少疾患の治療法を臨床試験に持ち込む」としている。

 このように研究開発の領域においても、AIは人間の研究者にとって欠かせないパートナーとなりつつある。程度の差はあれ、「AI研究員」や「AIデザイナー」が製造業のあらゆる分野で見られるようになるだろう。

 コンサルティング会社のアクセンチュアは、2035年までに、世界全体でAIが製造業にもたらす価値は3.7兆ドル(約400兆円)に達すると予測している。古くから自動化や効率化に取り組んできた製造業も、AI活用は始まったばかり。取り組みが先行する製造工程・研究開発の分野だけでなく、顧客対応やマーケティングといった周辺業務への応用も期待されている。

著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)

経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。


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