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招待制の写真SNS「Dispo」読本(後編) ロールへの招待状 撮影した後がまた楽しい(7/8 ページ)

» 2021年03月30日 09時00分 公開
[納富廉邦ITmedia]

Dispoの覚書

 まず、Dispoの怖いところ。それは、プロフィール画面に並ぶ、自分が参加しているロールのリストに、自分の趣味とか美意識みたいなものが、さらけ出されてしまう点です。それはプロフィールの文章やフォロワー数などより、よほど雄弁に、その人の人となりを語ります。ロールのリストにはロールごとにサムネイルも表示されているので、ぱっと見た感じだけでも、その人が、どういうムードのロールに参加しているのかが見て取れます。どういうロールに参加するかは、本当に注意する必要があります。

 さらに、フォロワー数の横に撮影枚数の累計が表示されるのも、なかなかの恐ろしさです。結構見掛けるのが、フォロワー数は数千人いるのに撮影枚数が数十枚という人。写真を撮って、見せて、人のを見るのが面白さの全てであるDispoという環境で、写真を撮っていない人は、何をしているのか、よく分からないのです。幸いにも、そういう人のプロフィール画面に並ぶロールは、まず私の趣味ではないので、スルーしておけば良いだけですが。

 ここでDispoがすごいなと思うのは、そういう人をスルーするのは私の好みの問題であって、そういう人と趣味が合う人もまた、簡単に自分と合う人とつながれるということです。そこが、Dispoというカメラの技術も機材のよしあしも加工のスキルも関係なく、ただひたすら、その人の趣味やセンスがさらけだされるというシステムがSNSを搭載した意味だと思うのです。

 むき出しのセンスがさらけ出されるということは、簡単に類が友を呼べるということなのです。撮影枚数以外のヒエラルキーもほぼ作れないシステムになっているのも、それこそ、ロールを作った人にだって、そのロールに別の参加者が招待できる謎仕様だって、結局、マウンティングなしに、センスが合う人同士が、ほぼ無言のまま出会って、写真を見せ合えるという世界を作るための要素なのではないかと、半ば本気で、私は考えています。そのくらい、名前やフォロワー数に意味がないのです。だって、数集めても、1つのロールには69人しか入れないし。

photo 階段の写真を撮っていて、上がってきたのを見たら、なぜか一番上に人が座っていた。こういう偶然が、写真を面白くしてくれるのだなあと思うのだ

 あと、Dispoで写真を撮っていて思うのは、センスや趣味や個性の他に、写真というのは運とタイミングがものすごくものをいうということです。これは、もともとの写真という表現が内包している宿命みたいなもので、だからこそ、土門拳は欲しい光が来るまで仏像の前に座っていたわけですが、それを、思い知らされるアプリだなと思うのです。そして、稀に偶然が味方した写真を公開したら、それを分かってくれる「見る人たち」がいることの嬉しさ。

 SNSという人と人とのつながりを作るツールとして、まるで従来のSNSの常識を破壊するようなシステムなのに、この新しさに感動します。私がハマっているのは、多分、欲しかった未来に近いツールだと感じているからでしょう。だって、友達少なくても、ものすごく楽しめるSNSなのですから。

 この先は、余談。

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