シンガポールに見る「ITとバリアフリー」の今 国を挙げての“実験”も「スマート国家構想」とは

» 2016年02月05日 06時00分 公開
[早川すみれITmedia]

 東南アジアの経済の中心都市であるシンガポールは、日本と同じく高齢化が進んでいる。同政府の調べによると、2030年までには65歳以上の高齢者が人口の19%を占め、そのうち一人暮らしをする高齢者の数は8万人に達するといわれている。そんなシンガポールで、高齢者や身体が不自由な人の生活をサポートするIT市場が注目を集めている。あのタクシー配車サービスで有名な「Uber」も参入しているのだ。

目が不自由な人のためのウェアラブル

 地元紙ストレーツ・タイムズによると、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)は2015年、目の不自由な人向けに建物内を案内する装置「Show Me The Way」のプロトタイプ版を開発した。

 Show Me The Wayは、Google Glassとスマートフォンアプリ、靴に装着する振動モーターの3つで構成されており、利用者はGoogle Glassのスピーカーからの音声と振動モーターの指示によって案内される。

Show Me The Way Google Glassの音声と靴の振動で建物内を案内する。(画像はTHE STRAITS TIMESから)

 経路のデータは、開発者が事前に装置を着用して経路を歩くことで収集され、重要な目印や経路の分岐点などが登録される。

 利用者が正しい経路を歩いている間は靴に装着した振動モーターが振動し続け、間違った経路を進むと振動が止まるという仕組みだ。目の不自由な人にとって、なじみのない建物内の歩行は難しい。しかし、Show Me The Wayが実用化すれば、こうした視覚障がい者の歩行問題を解決してくれそうだ。

 新しい経路を装置に追加するのは2〜3日程度で行えるが、開発の当初は同じ建物内の3つの経路を登録するのに、2〜3カ月を費やしたとのこと。

 装置を開発したシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)の研究員のXu Qianli氏は、ストレーツ・タイムズ紙の取材に対して「Show Me The Wayのような建物内の案内装置は、市場の伸びしろが大きい。目の不自由な人たちの社会的サポートにもつながるだろう」と語った。

 また実用化に向けた今後の課題として、1600USドルと高価なGoogle Glassに代わる端末を探すことやアプリのアルゴリズムを向上させてデータの処理能力を高めることなどを挙げた。一般の人々からデータ提供を受けるクラウドソーシングに取り組むことで、案内可能な経路を増やすことにも取り組んでいく考えだ。

独居老人の非常事態を知らせる室内センサー

 シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)は、他にも一人暮らしの高齢者と介助者向けに、高齢者の異常時を知らせる室内センサー「SoundEye」を開発。

 SoundEyeの特徴は、端末内に小型マイクと超音波センサー、赤外線センサーが搭載されていること。音や体温を感知するようにできており、高齢者のプライバシーを考慮して、カメラ機能は付いていない。

 自宅で事故の起こりやすい寝室や浴室、台所などの壁にセンサーを設置しておくと高齢者が転んだり助けを叫んだりしたときに反応し、家族や介助者の携帯電話に通知する。携帯電話から端末につないで通話もできる。

SoundEye (画像はYouTubeより)

 SoundEyeは「Asia Pacific Eldercare Innovation Awards(高齢者ケア・イノベーション・アワード)」などシンガポール内外の大会で注目され、高齢者サポート・サービス分野においてこれからの成長が期待されている。

ITサービス大手も参入! 官民でスマート国家化を推進

 シンガポールが国をあげてバリアフリー事業に取り組むなかで、タクシー配車サービスの「Uber」も2015年10月にアジアで初めて高齢者・障がい者向けサービス「UberAssist」を同国で開始した。

 同社の展開するサービスの中でも、特に利用者からの評価が高いドライバー50人を「UberAssist」向けに採用。特別な訓練を受けたドライバーたちが、高齢者や障がい者の乗り降りや車椅子の積み降ろしなどをサポートする。

 また、同国の通信キャリア最大手のシンガポール・テレコム(SingTel)は2016年1月、同社サイト内で、先端テクノロジーで快適な生活をサポートするサービス「The Smart Living Solution」を発表。その主な内容には、外出先から部屋の施錠をできたり、遠隔から高齢者の安否を確認したりできるサービスも含まれている。2016年中にサービスをスタートする予定だ。

 こうした各社のサービスを後押しするのが、シンガポール政府が2014年から推進している「スマート国家構想」だ。国をあげて光ファイバー網を整備し、無料Wi-Fiエリアを拡大するなど、ITインフラ整備を急ピッチに進めているシンガポール。政府は国内外の起業家や投資家らに対して、ヘルスケアや交通、高齢化問題に対応する都市技術の実験場としてシンガポールを活用するように呼びかけている。バリアフリーな環境と共に、同国のITサービス市場もますます活気づきそうだ。

ライター:早川すみれ

2009年にフリーライターとして独立。仕事情報を発信する「CINRA.JOB」や「an」などでインタビューやコラムを担当。2014年に拠点をシンガポールに移し、「シンガポール経済新聞」など日本のニュースサイトやWebマガジンで執筆している。(編集協力:岡徳之)


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