人気スマホ、ゲーム機……発売日に潤沢な在庫がないのはなぜ?牧ノブユキの「ワークアラウンド」(1/2 ページ)

» 2017年06月24日 06時00分 公開
[牧ノブユキITmedia]
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 人気の高いスマートフォンやゲーム機は、発売直後は必ずと言っていいほど品薄が発生する。モデルチェンジの度に品薄となって入荷日未定の案内が店頭に掲げられる「iPhone」をはじめ、最近のゲーム機だと「Nintendo Switch」や「PlayStation VR」などが、極度の品薄状態にあることはご存じの通りだ。

 こうした品薄のうち、ゲーム機など契約の縛りがないハードウェアは、転売業者の格好の餌食になりがちだ。通常価格の何倍もの値段で転売されるとなると、ユーザーにとって不利益になるのはもちろん、メーカー側にとっても大きなイメージダウンになる。

 こうした品薄に対して、発売直後に在庫切れの状況を作り出してユーザーの飢餓感をあおる、いわゆる品薄商法ではないかとの指摘もあるが、品薄が数カ月も続くとユーザーの気持ちが離れていく可能性は当然あるわけで、数カ月単位および年単位にも及ぶ長期的な品薄は、メーカーとしてはリスクが高い。別のプラットフォームでさらに魅力的なハードウェアが出てきて、ユーザーがそちらに流れてしまう危険性も否定できない。

 そんな状況であるにもかかわらず、なぜメーカーは発売日に潤沢な在庫を用意できないのだろうか。よほど画期的な新製品でもない限り、過去の製品を見ていれば販売数の予測はある程度立てられそうなものだが、なぜそうした過去のデータが生かされないのだろうか。

 今回は、メーカーが発売日に潤沢な在庫を用意できない理由、そして小出しに販売した方が望ましい理由を、複数の角度から見ていくことにしよう。

部品のリードタイムはてんでバラバラ

 品薄が発生する理由として最も多く耳にするのは、部材調達の問題だろう。品薄に対するおわびのリリースをメーカーが出す場合、そこに書かれている理由は、部材調達の問題がほぼ全てといっていい。最近では共通の部材を巡ってスマホとゲーム機の間で争奪戦になっていることが、一般紙などでも取り上げられるなど、品薄の背景がより詳細に報じられるケースも増えてきた。

 そもそもスマホやゲーム機といったハードウェアは、さまざまな業者が製造する部品を組み合わせて1つの製品が出来上がる。そうした部品の中には、日ごろからストックがあって即納できる汎用(はんよう)性の高い部品もあれば、そのハードウェアのために製造された特注品もある。現実的には、むしろ後者の方が多いことだろう。

 こうした部材について、発注してから納入までのリードタイムはばらばらだ。ある部品は発注から納入までに1カ月あればそろえられるが、別の部品は半年かかってようやく納品できるといった具合である。こうした場合、1カ月の部品を先に買ってしまうと、別の部品が届くまでの5カ月間はデッドストック扱いになってしまう。

 メーカー内で購買や仕入や調達と呼ばれる部門の人々は、こうしたボトルネックとなっている製品のリードタイムを短くするために汗水垂らして部品メーカーと交渉するわけだが、その中の1社がたまたま前倒しで部品を納品してきても、残り何百個、何千個の部品がそろわなければ、全体のスケジュールが短縮されることはない。残りたった1つの部品がそろわないために組み立てを開始できないのは、珍しいことではない。

 そもそも、交渉することで生産量がいきなり2倍、3倍にもアップすること自体、普通に考えてあり得ない。ハードウェアではないが、かつてのナタデココブームの際、生産工場を拡張して大増産したものの、ブームが思ったよりも早く終息してしまい、あとには使い道のない不要な工場だけが大量に残った……という逸話がある。

 たとえ外注でなく自社が管轄する工場であっても、工場を増やしてまで増産するというのは、こうしたリスクを踏まえると、よほどのことがない限りあり得ない。せいぜい稼働を昼だけでなく夜も行って生産量を倍に増やすくらいしか手がなく、しかもそうした手段は既に生産計画に織り込んだうえでスケジュールが組まれていることがほとんどだ。どんなに品薄でもハードウェアの生産ペースを上げられないのは、こうした事情による。

在庫がそろってから売り始めるのはどうか

 なるほど生産に時間がかかることは理解した。しかしそれならば発売日から逆算して、もっと早いタイミングから生産を始めたらよいのではないか、と考える人もいることだろう。つまり、欲しい人の数だけ在庫をためてから発売するという考えだが、これも手段としてはあり得ない。大きなネックとなるのはキャッシュフローだ。

 発注元、今回の例で言うとスマホメーカーやゲーム機メーカーは、部品メーカーから部品を購入し、その代金を支払う。この工程を仮に(A)とする。そして組み立てて完成したスマホやゲーム機を、メーカーは販売店を通じてエンドユーザーに売り、エンドユーザーはスマホメーカーやゲーム機メーカーに代金を払う。この行程を(B)とする。

 もし、発売日に全ユーザーに製品が行きわたるよう、生産開始のタイミングを大幅に、例えば半年や1年前倒しにしたとすると、(A)と(B)の間は、半年や1年単位でブランクが空いてしまう。資本力のあるメーカーであろうがなかろうが、支払だけが発生して入金が全くない状況が長く続くのは、会社としては最も好ましくないことだ。

 たとえ品薄だとして批判されようが、そこまでして全ユーザーに一度に製品を行きわたらせる必要性は、全くもって皆無に等しい。前例のない製品で過去のデータから販売数が予測できず、売れ行き不振でデッドストックになる危険性があることも考えればなおさらだ。値引きで処分しなくてはいけない事態を招くことがあろうものなら、責任者の首が飛ぶことは確実だ。

 この他、倉庫側の問題もある。全ユーザーに行きわたるだけの数をまとめて保管しておくだけの倉庫など、どこのメーカーも保有していないし、一時的に借りるにしても莫大なコストがかかる。仮に場所の問題が解決したとしても、検品を終えてから数カ月間も倉庫に眠らせておくのは、劣化や事故などさまざまなリスクが付きまとうし、資産であることから棚卸しの手間も発生する。小分けの状態で入庫してきた製品について順次検品を行い、完了したら先入れ先出しで発送するのがベターというわけだ。

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