今後の市場拡大が見込まれ、各社がしのぎを削る「AIアシスタント」。この分野で注目すべきニュースが飛び込んできた。それは米Amazon.comと米Microsoftの提携だ。
8月30日(米国時間)、Amazon.comは「Alexa meet Cortana, Cortana meet Alexa」というタイトルのプレスリリースを出し、Microsoftも「Hey Cortana, open Alexa: Microsoft and Amazon’s first-of-its-kind collaboration」という記事を公式ブログで公開した。両社ともコラボレーションの緊密ぶりをアピールしている。
話題のAIアシスタント分野における大手2社の提携、その背景に何があるのだろうか。
この提携により、Amazon.comの「Alexa」とMicrosoftの「Cortana」という2社のAIアシスタントが連携し、互いの機能を相互に呼び出せるようになる。つまり、Amazon.comのAlexaとMicrosoftのCortanaがクラウド上で互いに結び付き、Alexaを通じてCortanaの機能を引き出す、あるいはその逆が可能になるということだ。
例えば、Alexa対応の「Amazon Echo」などのスピーカーデバイスに対して「Alexa, open Cortana」と呼びかけると、EchoからCortanaを呼び出してその機能を利用できる。また逆に、Windows 10搭載PCなどに対して「Cortana, open Alexa」と呼びかけることで、Windows 10上からAlexaの機能が使える。
両社によれば、この相互連携は2017年後半のいずれかのタイミングにも開始されるという。(年内に国内投入されるというウワサはあるものの)Echoデバイスを直接入手する手段のない日本において、両方のAIアシスタントを試す契機にもなるだろう。
米国では2016年の年末商戦においてAmazon.comのEcho関連デバイスが同社のベストセラーとなっており、多くの家庭にAlexaが鎮座している状態だ。先行の利もあって、Alexaはその機能を拡張するサードパーティー製の「スキル(Skill)」も既に2万以上に達しており、他社をリードしている。この傾向は2016年夏ごろから特に顕著となった。
対するCortanaは専用デバイスこそないものの、2017年5月時点で5億台以上のWindows 10デバイスが動作しており、Cortanaが動作するデバイスの数という観点ではAlexaのそれを上回る。スキルの数ではAlexaが圧倒的だが、CortanaにはWindowsやOutlook、そしてOffice 365といったサービスを通じて数多くのユーザーのデータが蓄積されており、今回の提携はこの活用の幅を広げることを意味している。
MicrosoftはWindows 10からAlexaを呼び出した際の活用例として、PC上から「オムツ」を音声で注文して、決済も自身のAmazon.comのアカウントに結び付いた支払い方法を選択できるというものを紹介している。オンラインショッピングや決済については、MicrosoftよりAmazon.comの方が秀でているのは言うまでもなく、適材適所でサービスを選択できるメリットがある。
また忘れられがちだが、CortanaはAndroidやiPhone向けのアプリも提供されており、Windows 10搭載PC以外からの利用も可能だ。
Amazon.comは本社を米ワシントン州シアトルに構えており、Microsoftが本社を構えるレドモンドとは湖を挟んで対岸に位置している。「ご近所同士、仲よく」という面も多少はありそうだが、今回の提携にはもう少し深い意図があるようだ。
両社が提携を発表する少し前、Amazon.comのジェフ・ベゾス氏へのインタビューを交えた形で米New York Timesが同件を報じている。ここでは、プレスリリースの裏にあった事情の一部を見ることができる。
この記事のポイントは大きく2点ある。1つは、今回の提携をベゾス氏が自らMicrosoftのサティア・ナデラCEOに提案したということ。もう1つは、両CEOともにAI同士の連携が互いの弱点を補い合ってさらにユーザーメリットをもたらすと考えていることだ。
記事によれば、両社の提携に向けた動きがスタートしたのは2016年5月にさかのぼる。同月に開催された米MicrosoftのCEO Summitというイベントにおいて、ベゾス氏がナデラ氏にそのアイデアを語ったのがきっかけだという。このプロジェクトが具体的に動き始め、1年以上の月日を経て現実のものとなった。
筆者が日本マイクロソフトCTO兼執行役員の榊原彰氏に話を聞いたところ、少なくともAlexaとCortanaの連携に向けた開発は半年以上前からスタートしていたという。
興味深いのは、この時点でMicrosoftはAmazon.comとの提携を認識していたうえで、「Windows 10 IoT Core」を搭載したデバイスの開発をサードパーティーに促していたということだ。
現在のところ、これに対応したスピーカーデバイスはHarman Kardonの「Invoke」をはじめ、ごく一部のパートナーの開発表明にとどまっているが、もしパートナーに何も告げずプロジェクトを極秘裏に進めていたのであれば、その開発や販売意欲を削ぐ行動にも思える。
なぜなら、コンシューマーを対象としたB2Cの市場では既にEcho関連デバイスのプレゼンスが高く、パートナーとしても最初からAlexaをターゲットとして対応デバイスの開発を行った方がメリットが大きいからだ。
B2CではAlexaの方が有利という事実は前述の榊原氏も認めており、「Alexa対応家電など、Amazon.comを中心とした市場が既に形成されつつある」とコメントしている。
恐らくだが、コンシューマー市場を狙ってAIアシスタント対応スピーカーや家電を投入しようと考えた場合、現状でメーカーが選択する相手は少なくともMicrosoftよりはAmazon.comだろう。
そして今回の提携でAlexaからCortanaの呼び出しが可能になったことで、プラットフォームにCortana対応デバイスとしての「Windows 10 IoT Core」が選択肢に入る可能性は少なくなったとみている。
もともとWindows Phone 8.1の機能の1つとしてスタートしたCortanaではあるが、現在ではWindowsの手を離れ、Microsoft組織内でもどちらかといえばAIやクラウド関連の部署にその主導権が渡っている。
MicrosoftはCortanaとWindowsが不可分とは考えておらず、どちらかといえばプラットフォームの枠を広げてCortanaのさらなる活用を望んでいるようだ。筆者の予想だが、Invoke型のWindows 10 IoT Coreデバイスはパートナー製品を含めてこの世代で収束し、今後はAmazon.comとの提携に見られるような「Alexaとの相乗り」を目指すとみている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.