海外の水素ビジネスの現況と企業事例、日本企業の事業機会はどこにあるのか?「水素社会」に向けた日本の現状と将来展望(2)(3/3 ページ)

» 2023年08月09日 07時00分 公開
[株式会社クニエスマートジャパン]
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米国の状況と見通し

 米国で立ち上がっているクリーン水素/アンモニア関連プロジェクトを図4に示す。グリーン水素に注力するEUとは異なり、ブルー水素/アンモニアに関するプロジェクトが半数以上を占めているのが米国の大きな特徴である。

図4 米国における代表的なクリーン水素/アンモニアプロジェクト一覧(出典:経済産業省 第31回水素・燃料電池戦略協議会 資料4 “米国におけるクリーン水素政策と民間投資の動向(独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構)”を基にクニエ作成)

(1)マクロ観点―(a)ブルー水素/アンモニア

 米国でブルー水素/アンモニアプロジェクトが多くなる理由としては、「1.原料となる天然ガスの生産量が豊富であること」「2.CO2貯留実績がある油田やガス田などの貯留サイトが多く存在し、それを活用できること」が挙げられる(図5)。

図5 一般的なブルー水素/アンモニア製造プロセスと米国でCCSプロジェクトが豊富な理由

 実際、図4で示したプロジェクトの内、製造プロセスが明らかになっているAir Products社が計画しているルイジアナ州でのプロジェクトも、原料は天然ガスでCO2貯留先は従来から使用されてきた貯留サイトを想定している。このことからも、地理的優位性を生かすかたちでプロジェクトを検討していることが伺える。

 CO2貯留事業に欠かせないCO2分離回収技術は、コスト削減の余地がある分野であると同時に、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が日本企業に対して助成金を拠出することでその技術革新を支援している分野でもある。このことから、日本が世界に先駆けた技術を確立できれば、ブルー水素/アンモニアプロジェクトに対する引き合いが増え、事業拡大の大きなチャンスにつながると考えられる。

(b)製造から利用までのバリューチェーン全体を俯瞰した取り組み

 水素およびアンモニアは、さまざまな用途への利用が検討されているが、その中でも発電分野が比較的早く商用化される見込みである。米国は2035年までに電力セクターのゼロエミッションを目標に掲げているが、2022年時点で天然ガス火力発電が全体の39%、石炭火力発電が同20%と合計で約6割を占めており、依然火力発電割合が高い状態である。

 よって、再生可能エネルギー発電割合が急激に伸びてきてはいるものの、天候に左右されるデメリットもあるため、発電の脱炭素化ソリューションとして日本企業に強みがあるアンモニアの専焼および水素の混焼/専焼に対する需要は大きい。これらの背景の下、インフレ抑制法などの各種支援策の発表を受けて、今後ますますブルー水素/アンモニア製造や発電用途としての水素/アンモニア需要が増える見込みである。

 したがって、製造あるいは利用などの各バリューチェーン単体での事業検討も良いが、製造から利用までのバリューチェーン全体を巻き込んだ事業検討が求められるフェーズに移行していくものと考える。今後、この事業領域においては、日本企業に限らず、バリューチェーン全体を俯瞰する高い視座と企業間ネットワーク力が期待される。

(2)ミクロ観点

 米国に本社を置くCF Industries社(CFI)のクリーン(グリーンまたはブルー)アンモニアに関する事業戦略の方向性を紹介する。同社は、米国、カナダ、英国で製造施設を運営する世界有数の農業用肥料製造/販売会社で、肥料の原料であるアンモニアの取り扱いに対する知見を強みに、クリーンアンモニア市場を開拓している企業である。図4にある通り、生産物がアンモニアである5つのプロジェクトの内、3つで同社が関わっており、その注力具合がわかる。

 同社のグリーン戦略は、同社が保有する既存アンモニアプラントのブルー化と、グリーンアンモニア案件を増やすことの2軸で進めている。そして、ポイントとなるのが電力会社など従来アンモニアをほとんど取り扱ったことがない事業者とプロジェクトを組成している点である。アンモニアは危険物でその取り扱いに注意を要するため、もともとアンモニアを取り扱ったことがない事業者がクリーンアンモニア市場に新規参入したい場合は、その取り扱いに長けたCFIのような化学メーカーとタッグを組むのが理にかなっている。

 このように、同社はアンモニアの取り扱いや操業の知見を背景にクリーンアンモニア市場を開拓していることから、日本において類似の強みを持つ事業者にとっては、市場獲得やアライアンスの方向性など事業戦略を立てる上で、同社の事例は参考になるだろう。

 今回は、世界の主要国/地域である欧州・米国の、国家(マクロ)レベルでの水素ビジネス状況、およびベンチマークとなり得る企業(ミクロ)レべルでのビジネスモデルや戦略の方向性を紹介するとともに、日本企業の事業機会について述べてきた。

 連載第3回では、エネルギー安全保障に関わる水素における、日本のグローバルサプライチェーン戦略について主に地政学リスクの観点から考察する。


著者プロフィール


株式会社クニエ グローバルストラテジー&ビジネスイノベーション担当 パートナー 胡原 浩(こはら ひろ)

グローバルストラテジー&ビジネスイノベーションリーダー。主に経営・事業戦略、経営企画・改革支援、新規事業戦略、M&A、イノベーション関連等のプロジェクトを担当。 グローバルにおける脱炭素・カーボンニュートラル、エネルギー、EV/モビリティ、蓄電池とハイテク関連の経験豊富。 早稲田大学理工大学院卒業、早稲田大学経営管理研究科(MBA)。



株式会社クニエ グローバルストラテジー&ビジネスイノベーション担当 シニアコンサルタント 岩本 遼(いわもと りょう)

石油元売り、総合化学メーカーを経て現職。エネルギー・環境分野を中心に、企業の事業戦略策定や新規事業構築、GX・DX推進などを支援。



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