プレゼンの翌日の朝、藤堂がデスクの上に名刺を並べて、「WorldCard Mobile」という名刺管理アプリを使い、iPhoneで撮影をしていると、伊達浩志がやってきた。
「作業終えるまで、ちょっと待って」
藤堂はそう言うと、アプリ上で撮影した名刺を処理している。名刺を90度回転させて登録すると、テキスト化されて、「連絡先」に登録されているのが分かった。
名刺を撮影して「連絡先」にテキスト化して登録できる。いちいち入力しなくても写真を撮るだけ。また、メールなどの署名の情報をコピペしてやれば、連絡先の適切なフィールドに振り分けて登録してくれる機能も便利だ。
「すごい、メアドとか入力しなくていいの?」
「iPhoneのアプリが文字を認識して、テキストとして登録してくれるんだ。便利だろう」
「何てアプリ? 教えて!」
「あとでメール送っておいてやるから。で、用件は何?」
相変わらず、察しが良い。常に伊達の先を行く感じだ。昨日の感触だと成約がいけそうだから、フォローを頼むよということを告げに来た。藤堂はそんなことは仕事だから当然だという顔をして、名刺を片付けた。
「それから、あの『駅探 乗換案内』からのメールは何だ? 何に使うの?」
「分からなかったのか? 旅費の精算はすぐにしないと、ということだな」
そう言うと、藤堂は、会社の旅費精算の書類のフォーマットと「駅探 乗換案内」からのメールを同時にPCで開いて、上野から東武宇都宮までの交通費をコピー&ペーストした。
「あ、そうか! それは便利かも」
伊達浩志が出張や外出の精算をするときはいつも、手帳の予定を見て行程を思い出しながら、ネットで旅費を検索して金額を記入していた。そうか、これならば当日乗った路線の情報が、運賃と行程まで含めて残っていて、精算が楽なんだ。
「あの場所でひと手間かけるか、あとから、もっと手間をかけるかの差だな」
藤堂はクールに言った。《 ママより 》とかいうへんてこなメールを打つ暇はあるくせに、仕事上の効率アップには余念がない。伊達浩志が《 ママより 》のメールを打つ藤堂の姿を想像して笑いそうになったとき、机の上の藤堂のiPhoneが電話を着信してバイブした。
「はい。三島パーツ株式会社の藤堂でございます。株式会社宇都宮ゴムの川上様ですね。昨日はありがとうございました。……はい。その件ですと、見積もりの金額の中でサポート可能です。技術的なことに関しては、分からないことがあれば私まで、お気軽にご相談いただければ大丈夫です。金額的なことは分かりかねますので、営業の伊達のほうに、よろしくお願いします。では……」
「早く名刺登録しておいて正解だっただろ。『連絡先』に入っていれば、番号ではなく名前が表示されるから、電話に出る前に考える猶予が生まれるからね」
「どうして、携帯にかかってきたんだ?」
「会社の名刺に俺のプライベートな携帯電話の番号も載せているんだ。技術屋だから、工場などの現場に出ることも多いからね。転送をしてもらっても、工場で作業中に固定電話のある事務所まで行くのが面倒だ。それならば、相手から直接かかってくれたほうが楽だ」
「そういえば、昨日の商談中にもそんなことを言ってたな。そのことを宇都宮ゴムの川上さんが覚えていたということか。なるほど」
「早く席に戻れよ、今度は、おまえのところにも契約の電話が来るかもしれないぜ」
「恩にきるよ」
「そんなもん、いらねえよ。でも、ランチタイムの宇都宮への出張は、いつでもウエルカム」藤堂は笑って答えた(続く)。
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