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AIは民主主義をアップデートするのか? 統治とテクノロジーの関係よくわかる人工知能の基礎知識(5/5 ページ)

» 2020年01月10日 07時00分 公開
[小林啓倫ITmedia]
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 一方の行政では、さまざまな活用事例がある。有名なところでは、犯罪予測による警察官の配置がある。過去のデータから「これからどこで犯罪が発生しそうか」をAIに予測させ、そこに警察官を派遣して人的リソースを効率的に活用する試みだ。こうした事例についても、有色人種のリスクを高く見積もるといったバイアスの恐れは否定できないが、誤った予測をした場合のデメリットが小さい(あるいは見えにくい)ためか、比較的大きな反対なく導入が進んでいる。

 これに似た事例が、米カンザス州ジョンソン郡の取り組みだ。彼らが目指しているのは、軽度犯罪者の数を減らすこと。AIを使って、精神疾患や薬物依存などに苦しむ人々が罪を犯してしまうリスクを予測し、リハビリ施設を紹介するなどの対応をして犯罪を未然に防ごうとしている。

 ジョンソン郡はシカゴ大学と協力し、これまで収集したデータを基に、機械学習技術を応用したシステムを開発。このシステムは252種類の情報に基づき、特定の個人の投獄リスクを算出できる。実証実験を行ったところ、罪を犯す可能性が高い人物とされた200人のうち、実際に投獄されていたのは102人だったそうだ。正解率は約50%だが、人間のケースワーカーが同じ予測をすると、正解率は約25%にとどまったという。このシステムを使う方が、ケースワーカーなどの人的リソースをより効率的に投入できるわけだ。

 また、データ分析による投票結果や投票行動を予測する事例もある。

 米国では16年の大統領選挙の際、英Cambridge Analyticaというコンサルティング会社(18年廃業)がデータ分析を駆使して有権者の投票傾向を把握し、顧客だったトランプ陣営の選挙戦を有利に進めたとされている。彼らが正確にどこまでトランプ大統領の誕生に貢献したのかについては、まだ議論が続いているが、少なくとも高度なデータ分析技術を活用して投票行動を把握・予測することは、選挙に少なからぬ影響を与えるだろうという点で専門家の意見は一致している。

 日本でも選挙に関係するAI活用の研究が進められており、例えば富士通は「Wide Learning」と名付けられたAI技術のデモンストレーションの一つとして、選挙の結果予測を発表している。さらに富士通は「納得性の高い当落理由」まで説明できるとしている。

 こうした技術が進むと、予測精度の高いAIを提供する企業の協力を得られる候補者ほど当選する確率が上がる社会が到来するかもしれない。いずれにせよ、「有権者の行動が正確に把握・予測可能な社会にいる」という前提で、民主主義のあり方を考えていかなければならないだろう。

 ここまで統治機構における主なAI活用事例を見てきたが、果たして「AI民主主義」と「デジタル権威主義」のどちらが世界の主流になるのだろうか。

 それを予想する際に忘れてはいけないのは、統治のあり方は輸出可能だという観点だ。かつての東西冷戦のころ、東西の陣営は武力で衝突すると同時に、自らの社会体制の素晴らしさを盛んに訴えた。それはプロパガンダに近い場合もあったが、実際に西側諸国で民主主義に触れた途上国の人々が、母国に戻って民主的な国家の実現に尽力するという動きも見られた。AIで補完した新たな民主主義のあり方も、どこかの国で実現されれば、それをお手本にしようという人々が続くだろう。

 一方でデジタル権威主義は、中国が「天網」と同じ技術を諸外国に提供するなど、より分かりやすい形での輸出を進めている。それに対抗するためには、統治機構におけるAIの活用を完全に否定するのではなく、市民の自由やプライバシーと支配を両立できるような技術活用の姿を見せることが必要だ。私たちは、統治機構にどうAIを取り入れるかを考える必要性に迫られている。

著者プロフィール:小林啓倫(こばやし あきひと)

経営コンサルタント。1973年東京都生まれ、獨協大学外国語学部卒、筑波大学大学院地域研究研究科修士課程修了。システムエンジニアとしてキャリアを積んだ後、米Babson CollegeにてMBAを取得。その後外資系コンサルティングファーム、国内ベンチャー企業などで活動。著書に『FinTechが変える! 金融×テクノロジーが生み出す新たなビジネス』(朝日新聞出版)、『IoTビジネスモデル革命』(朝日新聞出版)、訳書に『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』(ダン・アッカーマン著、白揚社)、『シンギュラリティ大学が教える 飛躍する方法』(サリム・イスマイル著、日経BP社)など多数。


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