5年目を迎えたiOSが、再び新しい未来を描き出すWWDC 2012現地リポート(1/3 ページ)

» 2012年06月13日 12時22分 公開
[林信行,ITmedia]

人々の暮らしぶりを変えたプラットフォーム

米Appleのティム・クックCEO

 およそ2時間にわたったWWDC 2012の基調講演は、最初から最後まで中身の濃い内容だった。そして同時に、非常に強いメッセージを伝える講演でもあった。ティム・クックCEOは冒頭で、iPhone、iPadやそのアプリケーションによって人生が変わった4人を紹介するビデオを流した。

 1人目は、視力を失い出歩くことが不自由になった人がAriadne GPSというアプリケーションを使って、再び森や町の中を自由に歩き回れるようになった話。

 2人目は、イスさえない小学校の教室で、3D4MedicalのiPad用アプリケーションで授業をする先生の話――子供達は目をキラキラ輝かせながら学んでいた。

 3人目は、バーモント州にある樹の上の小屋の経営者が、AirBnBというアプリケーションを使って年間200人ものゲストを集め、その人たちとの交流によって人生が変わった、という話。

 そして4人目は、自閉症の子どもを持つ親がToca BocaというiPad用のアプリケーションを通して子どもと自然にコミュニケーションができるようになったという話だ。

 ティム・クック氏は、世界60カ国から集まった5300人のWWDC参加者に向かって、これまで素晴らしいアプリケーションを作ってきてくれたことに感謝を述べ、今後もこのようなアプリケーションを開発して世界を変えて欲しいと訴えた。このメッセージは基調講演の最後でも、もう1度繰り返されている。WWDCは、Mac OSやiOSのアプリケーションを作る開発者たちのイベントだ。その主旨は、上に挙げたクック氏の言葉に集約されると言っていい。

 それでは、残りの約2時間弱は何の話だったかというと、開発者たちがそうした素晴らしいアプリケーションを提供できるように、アップルが用意した3つの土台についてである。1つ目は、Mac本体の話として、ラインアップを一新したMacBookファミリーの話。2つ目は、7月にリリースされる最新OS「OS X Mountain Lion」の話。そして3つ目は、2012年秋にリリースされる「iOS 6」の話だ。

ティム・クックCEOは、iOSによって人生を変えた4人の事例を紹介し、今後もアプリケーションによって世界を変えて欲しいと開発者たち訴えた

 OS X Mountain LionとiOS 6は、どちらも200を超える新機能を持つ。基調講演では新機能のうち10個ほどが紹介されたが、それらの機能を紹介するあいだに、小話的にほかの機能についても触れている。

 例えば、OS X Mountain Lionに搭載される新しいSafariは、iCloud経由でiOS機器と連携する。具体的には、現在iPhoneやiPadで見ているWebページのタブをMacでも開きたいときに、いちいちURLを打ち込まなくても、iCloudのメニューからそのページを選ぶだけの簡単な操作で目当てのページを呼び出せる。また、Facetimeの着信、TwitterのDMやメンションなど、あなたがMacで受け止めるさまざまな通知は、新たに搭載される「通知センター」が一括管理してくれるが、Macをプロジェクターにつないだときには自動的に機能がオフになるという。何かの講演で、スクリーンに映されたスライドの上に、講演者の友だちがSkypeやiChatでログインしたといった余計な通知メッセージが表示されるのを見たことがある読者も多いだろう。Mountain Lionではあれを自動で解消してくれるのだ。

 iOS 6についても同じで、新しいSafariでは、気になった記事をとりあえず記録しておく「リーディングリスト」機能が進化し、あらかじめ記事をダウンロードしておいてくれるため、地下鉄の中など電波の届かないところでもじっくりと記事を読める、といったことが紹介された。その多くは「そうだよ、それが欲しかった!」と思わせるかゆいところに手の届く改良で、基調講演に参加した人たちの反応は非常によかった。

 こうした、ささいと言えばささいだが、日常生活で恩恵を受けそうな創意工夫が2時間近くにわたって次から次へと紹介された。それらの機能を聞いているうちに、だんだんと未来に対してのインスピレーションが湧いてきた、というのがWWDC 2012の基調講演を見た筆者の感想だ。

 「インスピレーション」なんていう言葉を使うと、首をかしげる読者もいるかもしれないが、我々は今まさに急速な勢いで未来を作り始めているのだ。冒頭のビデオで登場した4人も、それまでは考えられなかった新しい生活や教育シーンの風景を生み出している。

 日本では函館のナマコ漁の漁師が、はこだて未来大学の協力のもと、iPadを使って新しい時代の漁業スタイルに取り組み、ドミノピザはiPhone用のアプリで21世紀の新しい宅配の形を生み出して大成功をおさめているし、WWDCの開催されたサンフランシスコでは、iPhoneを使って近くにいるタクシーを指名して呼び出す新しい時代の公共交通サービス(Uber)が投資家たちから大きな注目を集めている。

 これらはいずれも、5年前、iPhoneの発売前には考えられなかったサービスばかりだ。iPhoneという、シンプルかつ素晴らしいデバイスの登場により、さまざまな業界のさまざまな人々がインスピレーションを得て、21世紀の新しい風景を描き出したのだ。

iOSは2012年3月末時点で3億6500万台の巨大プラットフォームに成長した(写真=左)。アプリケーションの数は65万本、ダウンロード数は300億本に達する(写真=中央)。アプリ開発者に支払われた金額も50億ドルを超えた(写真=右)

 そういう意味で言えば、今回の基調講演の発表には、未来へのインスピレーションをくれる重要な内容が数多くあった。以下では、iOS関連の発表を中心に、基調講演の一部を筆者なりの切り口でまとめてみたい。

IT業界の流れを変えるiOS 6のオリジナル地図機能

iOS 6では新しい地図機能が追加される。特にリアルかつ立体的な航空写真を表示する「Flyover」は注目の機能だ

 「未来的」というと、なんといってもダントツなのは、新しい地図機能だ。基調講演が始まる直前、会場の目の前のスペースにはベールで包まれた垂れ幕が2つかかっていた。筆者はてっきり、「これが新しいMacBook Proの垂れ幕か」と思っていたのだが、実は違っていて、なんとiOS 6のマップ機能とSiriを紹介する垂れ幕だった。

 アップル自身、この機能が一番のサプライズになると分かっていたのだろう(実際、新しいマップ機能は講演の最後に紹介された)。これまで採用してきたグーグルマップと決別し、アップルが独自に地図を用意したというだけあって、生半可な地図ではない。これはIT業界においても大きなゲームチェンジャーになる可能性をはらんでいる。

 同機能の最もはなやかな部分は「Flyover(上空を飛行)」と呼ばれる立体航空写真だ。すでに動画などでご覧になっている人も多いと思うが、本当にヘリコプターで都市を上空から見下ろしているかのように、航空写真を好きな角度から見ることができる。ヘリコプターで空撮した世界主要都市の写真を元に、写真のようにリアルな立体映像を合成して表示してくれるのだ。講演ではシドニーのオペラハウス周辺を上空で旋回して見せるデモが行われた。

 実は、これと同様のリアルかつ立体的な航空写真表示は、最近、グーグルも次期モバイル版Google Earthの機能として発表していた。どちらがどれだけ優れているかは、実際に両者が出そろったところで見比べてみないと分からない。しかし、iOS 6のマップの強みは、すでに3億6500万台(2012年3月30日時点)も出荷されたiOS機器の標準機能として搭載される点だろう。

 新しい地図アプリケーションは、このFlyoverだけでなく、通常の地図もアップルが独自に用意したベクター形式のものにさし代わっている(地図が画像ではなく、形状データとして入っているので、どんなに拡大してもギザギザ表示にならない)。

 地図が使われる最大の理由はローカル検索、つまり地域情報の検索だ。そこでアップルは、世界中の1億の店舗情報を集めてすでに地図に盛り込んだという。個々の店舗の住所や電話番号が掲載される情報カード(Info Card)は非常に美しくデザインされており、欧米で人気のYelpというレビューサイトのレビューや、店内の写真なども掲載されるようにしている。

 それに加えて車の渋滞情報や、なぜ渋滞をしているのかの表示も、非常に見やすく、分かりやすいグラフィックスで表示する。車内でiPhoneを使っている人の移動データを(個人を特定できない形で)収集しており、これによって一般道などの車の流れ具合も収集できる。最近流行語化しつつある、いわゆる“ビッグデータ”だ。こうした車の流れを収集するプローブ情報は、ほかのカーナビメーカーやiPhone用カーナビアプリケーションメーカーも提供しているが、OS標準機能で提供されるとなると収集できる情報量もケタ違いになるはずだ。

ベクターデータの新しい地図では、車の渋滞情報なども表示できる。カーナビ機能も搭載されており、渋滞情報などを分析して自動的に新しいルートを提示したりする

 しかも、iOS 6の地図機能には、カーナビゲーション機能も標準で搭載され、次の角をどっち方向に曲がるといったことを音声で指示したり、到着予想時刻も表示してくれる。もし車の流れが悪くなって、到着予想時刻が延びそうになると、iPhoneがほかのルートを検索し、自動的にリルートしてくれる。ナビの呼び出しも簡単で、Siriを使って音声で指示するだけでいい。Siriは、ガソリンスタンドを聞けば、進行方向周辺にあるガソリンスタンドを案内してくれるし、後部座席に乗った子どもたちが発する万国共通の質問「もう着く?」を聞くと、きちんと機械音声でそれに答えてくれる。

 今回の講演では、Eyes FreeというSiriの新しい機能も発表された。ハンズフリーは電話機を手で持たずに車内で通話をすることを可能にしたが、アイズフリーでは、運転手の目は道路を見たまま、新たに車のハンドルに加わったSiri呼び出しボタンを押してiPhoneのSiriに質問をしたり、指示を出したりできるようになる。ボタンを押してもiPhoneの画面は消えたままなので、目がそちらに奪われることがない。

地図機能はSiriとも連携し、進行方向周辺にあるガソリンスタンドを探したり、到着予定時刻を聞いたりできる(写真=左/中央)。車のハンドルにSiriの呼び出しボタンを搭載(写真では右手の親指がある場所)する「アイズフリー」も目を引く

 現在、このアイズフリー対応の車は、日本のトヨタやホンダのほか、BMW、GM、メルセデス、Land Rover、Jaguar、Audi、クライスラーら合計9社の車メーカーが開発中で、今後12カ月以内に製品化される予定だ。こうしたことをかんがみると、今後カーナビは急速にiPhoneへ置き換えられ、ただ目的地に向かうだけではなく、その周囲の面白いスポットを探したり、運転しながら音声でTwitterにつぶやいたり(新しいSiriではこれが可能)と、いろいろと新しいカーライフを生み出しそうだ。

 いや、車だけではないだろう。もしかしたらいずれは、歩道の混み具合や電車の混み具合が分かる可能性だってあるかもしれない。提供する技術とサービスの連携が非常にうまいアップルだけに、今後どんな面白い位置情報サービスを提供してくれるかを想像すると非常に楽しみだ。

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