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» 2014年07月27日 13時30分 UPDATE

牧ノブユキの「ワークアラウンド」:「取説いらずの使いやすい製品」が日本で生まれにくい理由 (1/2)

IT関連の機器は「学ばなくてもすぐ使える」のが理想だ。しかしながら、ハードウェアの開発を行っている現場では、こうした考え方はまだまだ浸透していない。そのズレはどんなところにあるのだろうか。

[牧ノブユキ,ITmedia]

「学ばなくてもすぐ使える」のが理想だが……

 オフィス機器の業界団体であるJBMIA(一般社団法人ビジネス機械・情報システム産業協会)がWebサイト上で公開している資料の中に、「オフィス機器における顧客価値向上のためのうれしい体験パターン活用ガイド」という小冊子(PDF)がある。

 これはオフィス機器を利用するユーザーが、どのようなケースにおいて「うれしい体験」を感じるかをまとめたものだ。ユーザーエクスペリエンスについて、製品を開発する側、また利用する側にとっても非常にためになる考え方が体系立ててまとめられている。製品を作る側の立場の方にはぜひ一読いただきたい。

 中でも注目したいのは、利用者にとって「うれしい体験」の例として、「学ばなくてもすぐできる」という項目が挙げられていることだ。これはつまり、取扱説明書(取説)を熟読することなく、最小限の操作さえ覚えれば利用できることを推奨しているわけである。

 もっとも、うがった見方をすれば、わざわざこうした冊子に書かれるということは、製品の開発を行っている現場ではおろそかになりがちで、まだまだ徹底されていない事案である証明と言ってもいい。事実、こうした使い勝手がおろそかにされてきたのは、製品を利用した人の多くが感じてきたことだろう。

 今回は、IT関連製品を作る国内メーカーの開発サイドが、こうした使い勝手についてどのように向き合っているかを見ていく。

難しい操作は取説で説明すればよいと思っている人々

 現場レベルでは使い勝手をおろそかにしていると書いたが、それでもIT関連の機器に限定すれば、近年はかなり改善されたと言っていい。

 要因はいくつもあるが、PCやスマートフォン、タブレットなどで各OSごとの操作ガイドラインが定められ、独特の操作体系を採用する余地そのものが減っているのは、要因として大きい。UI(ユーザーインタフェース)デザインを重視する意識が高まったと見る向きもあるが、どちらかというとこうしたガイドラインの存在が、直近の影響としては大きいだろう。

 その証拠に、こうしたOSのガイドラインに縛られる必要がなく、UIを自由に設計できる環境では、いまだに直感的でないインタフェースが採用されるケースも少なくない。ほかの製品にはない特殊な機能を備えており、ガイドラインを模倣しようにも類似のUIがない場合は、悪い意味でオリジナリティあふれるUIを実装してしまうケースも少なくないようだ。ボタンをハードウェアで実装できるなど、変に自由度が高い場合はこの傾向が顕著である。

 その裏にあるのが、取説に対する考え方の違いだ。ハードウェアのエンジニアの中には、たとえ基本機能であっても取説は熟読するのが当然と考える人たちも多い。未知のハードウェアの取説を読むのを趣味にしているようなタイプの人もいるため、こうした人が作った製品は、得てして操作方法が難解になりがちだ。

 理由は明白で、こうした人たちは機能を実装するのに頭がいっぱいでUIに気が回らないのではなく、そもそも事前に取説を読むのが当たり前と考えているためだ。つまり「使いやすいUI」=「取説を読まずに使える」ではなく、「使いやすいUI」=「取説を熟読して操作方法を把握すれば以降はスムーズに使える」なのだ。前提条件からしてまるで違っているわけである。

 こうしてできあがった製品は、製品としてある意味で筋が通っているため、世代を重ねてもなかなかUIが改善されず、悪い意味での伝統として残ってしまうわけである。

使い勝手の改善を阻むさまざまな要因

 さらに厄介なのは、メーカーで継続して1つの製品に関わっていると、繰り返し使う中で難解な操作に慣れてしまい、使い方が難しいことが自覚できなくなってくるケースが多いことだ。

 これは開発スタッフに限ったことではなく、サポートのスタッフ、さらに営業マンなどにも共通している。関係者全員がそのような状態に陥るので、もう誰にも止められない。たまに異動などで新しいスタッフが加わり、使い方の難しさに異議を唱えても、経験の浅さゆえと片付けられてしまう。こうなるともうお手上げだ。

 こうしたユーザーとのズレは、本来はユーザーテストやグループインタビューなどの結果を受けて改善すべき内容だが、いったん世に出た製品に対してこうした改善が試みられることは現実的にほとんどない。使い勝手のよしあし以前に、そのユーザーテストによってどれだけ売上が上がるかを問われると、まず確実にストップがかかってしまうからだ。

 製品に前知識のないユーザーを招いてのユーザーテストやグループインタビュー自体、実施には数十万から百万円単位の費用がかかるため、多額の開発費をかけられる新製品であればまだしも、すでに世に出ている製品に対してかける追加コストとしては、あまりにも高額すぎるというわけだ。

 これに加えて話を複雑にするのが、製品の難しさを補完する解説本が発売されたり、あるいは使い方をレクチャーしてくれるPCスクールのような講座がオープンするなど、周辺のコミュニティが製品の使いにくさをカバーし始めることだ。

 一定のシェアを獲得したソフトウェアなどによくある傾向で、本来は製品側が直すべき欠点をこうした解説本や講座がカバーしてくれるため、根本的に改善する機会を逃してしまうわけだ。なまじビジネスとして成功しているので、初心者にはハードルが高いとレッテルを貼られようが、問題点が問題点として扱われずにスルーされるようになる。

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