VRがインドネシアで盛り上がるワケ 火付け役は早稲田出身

» 2017年05月03日 06時00分 公開
[武部洋子ITmedia]

 VRに未来を見た青年が目を付けたのは、東南アジアだった。

インドネシアで会社を立ち上げ、今では日本を含んだ各国の企業と企画するなど活発に動くVRスタートアップを取材した。

元NTTデータ社員がインドネシアで起業するまで

 「Shinta VR」は、インドネシア初のVRスタートアップである。2016年1月、 宋知勲(そう あきら)さん(CEO)とアンデス・リツキさん(COO)の2人が創業。後に技術面を支えるアンドリュー・スティーブン・プイカさん(CTO)らを迎え、現在社員15人で運営している。

宋さんは早稲田大学理工学部コンピュータ・ネットワーク工学科卒業後、NTTデータに就職して5年間システムエンジニアとして働いていた。2014年夏 、たまたま友人が持っていた「Oculus Rift DK2」を体験。とてつもなく大きな衝撃だった。これは、世の中を変える何かなのではないか。そう思ったときから全てが急展開し、そのたった1年半後にShinta VRが誕生した。

インドネシアでイベントに出展する宋知勲さん(写真中央)

 VRに出会ってからは、サラリーマン生活の傍ら、これをビジネスに生かせないか、何かできないか……と模索しながら、体験イベントを都内で精力的に展開してきた宋さん。VRをやると決めて会社を辞めたときは、まだどこでそれを実現させるかまでは考えていなかった。

 一方で、東南アジア市場には漠然とした興味を持っていた。中でも特にインドネシアは、2億5000万人もの人口のうち、30歳未満の若年層が過半数を占める若い国だ。新しいテクノロジーの受容性に富む、デジタル・ネイティブがたくさんいる国 。時期尚早かもしれないけれど、投資するなら今ではないか――。

 そのように漠然と考えていたところ、大学時代の親友のインドネシア人のツテでジャカルタを訪れた。2015年6月ごろのことだった。早速Facebookを通じてジャカルタのVRコミュニティーにコンタクトをしたのだが、そのときの相手がのちにパートナーとなるアンデスさんだった。

COOのアンデス・リツキさん

 VRの将来や市場について、熱い想いを実際に会って語り合ううちにすっかり意気投合した彼らは、同年9月にジャカルタで開催されたアニメの一大祭典「AFAID(Anime Festival Asia Indonesia)」で、実験的にVR体験イベントを実施。

 アニメファンたちの間で果たしてどの程度受け入れられるのか当初は懐疑的であったのが、フタを開けてみれば終日行列が絶えないほどの好評を博した。最終的に、開催3日間の体験者数は約6000人。「自分たちのイベントで使いたい」という声も集まり、確かな手応えを感じた。

 タイでソフトウェアエンジニアの修士課程を修了、ドイツのアーヘン工科大学でVR技術を専攻し、VR上での音声によるインタラクションについて研究、アメリカで論文を発表などしていたアンドリューさんが2016年2月にインドネシアに帰国。アンデスさんが即座に声をかけ、CTOとしてShinta VRに引き入れた。これで、役者はそろった。

CTOのアンドリュー・スティーブン・プイカさん

業界団体結成で市場を喚起、東南アジアの人びとをより知的に豊かに

 Shinta VRでは主に、企業向けVRプロジェクト、VRコンテンツを作成できるプラットフォーム「mindVoke」の開発 、同じVRの領域で活躍する他社と組む「Indonesia VR Association(INVRA)」の運営、という3つの分野で活動している。

 企業向けVRプロジェクトでは、ショッピングモール内の旅行代理店「HIS」の店舗で体験できるバリやジャカルタなど観光地のVR対応360度動画の提供や、インドネシア通信事業大手「TELKOMSEL」との共同プロジェクトなど、日系や国内企業のみにとどまらず、多国籍企業や政府の仕事も手掛けている。

 例えば、P&Gのブランド「Pantene」の新商品の成分がどう髪に作用するかを体感させるものや、インドネシア観光庁による「Wonderful Indonesia」キャンペーンなどだ。後者はバリ、ジョグジャカルタ、ジャカルタなど主要な観光地の景色を360度動画で見せるコンテンツで、ベトナム、マレーシア、タイ、オランダ、ロシアなど各国を回り、現在も継続中だという。

 2016年は同社にとって活動開始1年目だったにもかかわらず、既に20社とVRプロジェクトを実施した。

インドネシア観光庁による「Wonderful Indonesia」キャンペーンインドネシア観光庁による「Wonderful Indonesia」キャンペーン インドネシア観光庁による「Wonderful Indonesia」キャンペーン

 一方、mindVokeは 誰でも直感的に簡単にVRのコンテンツを作成できることを目指したクラウドベースのプラットフォームだ。現在β版を開発中で、 VRの魅力を社会に根付かせることでインドネシアを始めとする東南アジアの人びとをより知的に豊かにしていきたいというShinta VRのビジョンを確実に具体化させる一歩である。

 しかし、VRを広めるためには自分たちの力だけでは不十分。VRのエコシステムを作ることが必要だと考えた彼らは、インドネシア国内の同業7社で「Indonesia VR Association(INVRA)」を結成。イベントや大学での講演、企業への説明会などを開催している。

 また、自身も技術者であり、「インドネシアの近代国家建設には、テクノロジーをおいて手段は他にない」と主張してきたインドネシア共和国第3代大統領B.J.ハビビ氏の志を継いだ息子のイルハム・ハビビ氏が率いるIT産業推進ムーブメント「Berkarya!Indonesia(創造するインドネシア)」ともパートナーシップを結んでいる。

市場喚起のため積極的にVRイベントを開催

 ちなみに社名のShintaとは、古代インドの長編叙事詩「ラーマーヤナ」に登場するラーマ王子の妻シーターのこと。ラーマーヤナはインドネシアでも主に影絵芝居ワヤン・クリを通じて伝統的に親しまれている。インドネシア人ならたいてい誰でも知っている名前であり、「美」や「調和」を連想させる存在であること、日本人を含め、誰でも発音しやすいことから社名として選ばれた。

 最近では国内にとどまらず、シンガポール、マレーシア、日本、イタリア、インドなど海外からの問い合わせも来ているとのこと。人的資源豊富で若年層の厚い国インドネシア発のVRが、世界をリードする日も遠くないだろう。

ライター

取材・執筆:武部洋子

編集:岡徳之


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