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» 2018年08月03日 18時54分 公開

海で使うIT:命を救うためのデバイス 個人で使える遭難信号自動発信器「PLB」とは (1/2)

海外では山でも使えるPLBが日本ではなぜ海限定なのか。その理由も明らかに。

[長浜和也,ITmedia]

 この連載は「海で使うIT」だが、今回は山の話から入ろう。それも重苦しい内容だ。先日、新潟で登山をしていた親子が遭難して亡くなった。筆者も子どもが小さいときに一緒に船に乗せて旅をしたことがあるので、登山前日や登山口に立ったときの期待に胸を膨らませた親子の気持ちを想像すると、その結末にとても胸が苦しくなる。

 この遭難で多くの人が捜索に参加して救出に向けて尽力した。しかし、捜索範囲は広範囲に及び期間が20日を超えても遭難者は発見できなかった。そして、遭難から24日後にそれまでの捜索エリアから大きく外れた場所で発見された。

 遭難者は道に迷った日の夕方に「携帯電話」でビバークすると家族に連絡しており、さらに翌日の朝には下山を開始すると連絡している。しかしその後、遭難者との連絡はできなくなった。遭難者が所有していた携帯電話のバッテリーが切れたと考えられている。大規模な捜索が始まったのはさらにその次の日、遭難者から道に迷ったと電話があった2日後だった。

 「携帯電話(スマートフォン)のGPS情報が分かれば、すぐ見つけることができたのに」は確かに正しいが、2回電話がつながる機会があったにもかかわらずGPS位置情報が捜索で活用されていなかったところを見ると、GPSによる緯度経度の情報を取得する方法を遭難者は知らなかった可能性も考えられる。

 このように、デバイスが機能を持っていてもユーザーがその使い方を知らず、ユーザー自ら伝えなければ利用できないのは、通常とは異なる状況に陥る遭難時において、その機能はないに等しい。これは遭難者の問題ではない。緊急時でも確実に使うことができない「デバイス側の問題」だ。

遭難してパニックになった人でも確実に使えることが必須条件

 これは、海の遭難でも同じことがいえる。海の遭難でも捜索で最も必要になるのは遭難者の位置情報だ。特に陸を遠く離れた洋上においては通信手段が限られ、従来の音声による無線通信で、GPSの測定した緯度経度を口頭伝達するのがせいぜい。しかも、沈む直前の混乱した状況で無線機を操作しながらの作業である。

 船舶ではこのような状況に備えて、「E-PIRB」(Emergency Position Indicate Radio Beacon)という安全装置の搭載を、国際的な海上の安全に関する規則「世界海洋遭難安全システム」(GMDSS:Global Maritime Distress and Safety System)で定めている。

海上自衛隊の護衛艦「しらゆき」に搭載しているE-PRIB

 E-PIRBは手動でスイッチを入れるだけ、もしくは、一定以上の水圧を感知すると、船名と(無線局免許を登録した)国籍を、航空機による捜索で使用する誘導用電波とともに自動で発信し、人工衛星を経由して世界各国の海洋救助に当たる組織(日本では海上保安庁)に連絡するシステムだ。

 これは携帯電話の使用可能エリアや無線通信の煩雑な操作を必要としないシステムで、事前に適切な準備をしておけば、有効な救助情報を発信し続ける。ただし、本来貨物船や客船など大型の本船を対象とした機材なので価格が高く(日本製は約35万円)、さらに船にひもづく設備のため、海難事故で最も多く死亡もしくは行方不明となる落水事故やダイバーの漂流といった、個人が遭難するケースでは利用できない。

 最近では海難事故でも「118」など携帯電話の利用を促す指導もあり、確かに海で携帯電話を使えるエリアも増えているものの、それでも、陸を遠く離れた洋上だけでなく、陸地がすぐそこに見えている沿岸でも「ぽっかり」と圏外海域が存在することは少なくない。そういう場合、携帯電話による118の救助要請も意味がない。

 そもそも、落水時のほぼパニックに陥った状況で携帯電話(スマートフォン)を操作して自分の落水した位置情報を取得し、その値を自分で操作して音声なりデータ通信なりで救助組織に知らせることは、「無理」と思って間違いない(自分の生死がかかった過酷な海況でスマートフォンのタッチ操作がまともにできると思ったら大間違い、と経験者として断言する)。やはり、個人レベルでもどこでも確実に通信でき、救助に必要な情報を自動で発信できる機能がない限り「安全設備」と称してはならない。

15年遅れで日本でも使えるようになった「PLB」

 その個人でも使える安全設備として登場したのが「PLB」(Personal Locator Beacon)だ。GMDSSでも個人用遭難信号発振器として正式に認定された規格で、電源スイッチを押して起動したら、事前に登録してある自分の名前やGPSで取得した位置情報(ただし、2017年より前のPLBでは位置情報を付与しない第一世代規格に準拠した製品もある)など救助に必要な情報を自動で発信し、人工衛星回線を介してその海域の救難組織に伝達する。使用する人工衛星やネットワーク構成、電波の仕様に送信するデータのフォーマットはE-PRIBと共通で、救難組織の対応も全く同様に行われる。

 海外では既に2000年からPLBの運用が始まっており、2001年9月11日に起きた米国同時多発テロ事件での行方不明者捜索時の有効性や、パリダカールラリーにおける救難システムの採用で認知と普及が進んでいった。

 日本でもようやく2014年から総務省で導入に向けた審議(救命用携帯無線機の技術的条件)が始まり、2015年8月13日付の法改正「電波法施行規則等の一部を改正する省令(総務七〇)」で日本でもPLBの利用が可能になった。審議においては国産PLBの開発についても検討が進んでいたが、現在日本で利用できる(つまり技適が通っている)PLBは、米企業のACR Electronicsが製造した「ResQLink」が唯一の製品だ。

日本で使える唯一のPLB「ResQLink」

 ResQLinkは、とにかくE-PRIBと比べて価格が安い。税別価格で約4万5000円で購入できる。なお、PLBの利用にあたっては「遭難自動通報局」としての無線局免許を取得して「開局」する手続きが必要になる(なお、利用者においては無線従事者免許などの資格は必要ない)。

 ただ、手続きそのものは申請書に記入して提出するだけだ。ResQLinkのパッケージには、「工事設計書」などが既に記入してある申請用紙が付属しており、購入者は氏名と住所、連絡先、非常時連絡先などを記入するだけで申請できる。この免許申請に4250円がかかる他、電波使用料として毎年600円の費用が発生する。また、無線局免許の有効期限は5年間で期限が来たら再度申請をする必要がある。とはいえ、E-PRIBが定期検査で約5万円かかるのと比べたら安い。

 ResQLinkのサイズは41(幅)×48(奥行き)×11.4(高さ)mmで重さは約153gとこちらもE-PRIBと比べて小型軽量と扱いが容易だ。視認性の高い蛍光イエローのボディーには夜間発見を容易にするストロボを内蔵し、白色閃光を3秒に1回の周期で点滅させる。

 ボディーの周囲にはベルト状のアンテナを巻いており、電源ボタンとテストボタンを覆っている。これは、誤発信を防ぐためで(E-PRIBでは誤って救助信号を発信し、存在しない行方不明者を捜索するといったケースが少なからず発生している)、利用者が遭難したときはライフジャケットなどに固定したPLBに対して次のように操作することになる。

抱えるほどの大きさがあったE-PRIBと比べて小型軽量になったPLBはライフジャケットに取り付けたりベルトに取り付けたりすることで個人での扱いが容易になった
  • 手順1:ボディーに巻いてあるアンテナの固定具を外す(アンテナは自分で展開する)
  • 手順2:本体右側面にある電源ボタンを押す
本体を巻いているアンテナの固定具を外すと誤操作を防ぐため隠れていた電源ボタンとテスト用ボタンにアクセスできる
アンテナを展開してPLBの表側を空に向けて起動すると人工衛星(コスパス・サーサット)に救助信号を自動で送信し続ける

 これで、無線局申請時に記入していた氏名と国籍、非常時連絡先に加えて、GPSで取得している位置情報を人工衛星に向けて自動で発信し続ける(406.037MHz、出力5W、データ長144bit、400bps)。同時に救助機の誘導電波(121.5MHz、出力25W)も発信する。バッテリーはリチウム電池で起動から24時間程度発信を繰り替えすことができるとメーカーは説明している。

 ResQLinkは防水仕様となっているものの、その動作保証性能は「水深5メートルで1時間、水深10メートルで10分」と、遭難が想定される海況を考えるとやや不十分だ。これは、ResQLink製品の販売台数の多くを占める北米での利用者が登山やカヌーといった「陸上」で使っているためだ。

 そのため、メーカーではダイバーや洋上利用者に向けた耐圧防水ハウジングを用意している。価格は税別で約1万2000円ほど。直径75mm、高さ125mm、重さは約290gの円筒形ケースで、水深180mまで耐えることができる。ただし、PLBを使用するときはこのケースから出して起動する必要がある。

ダイバー向けの耐水ハウジング。緊急時にはふたを外してResQLinkを使用する
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