学びには企業風土があり、社員がクラスの風土や「学びの風土」を作り上げている――講師は「学びの風土」に合わせた指導を調合していかなければならない。学習者のタイプ別の学びのスタイルとはどんなものだろうか。
学びには企業風土があるように思います。その企業風土を作っているのは、ほかならぬ社員のひとりひとりです。そして、その社員の方々が、クラス風土や「学びの風土」を作り上げています。講師はこの「学びの風土」を感じながら、それに合わせた指導を調合していくことになります。
まず講師としてもっともやりやすい「学びの風土」を持った会社の例を紹介しましょう。語学はなんといっても日ごろの地道な積み重ねが大切。「毎日コツコツ」的な風土を持った会社は語学研修に一番向いています。
職種でいうと、こうした「コツコツ型学習者」はエンジニア系に多く見られます。まずは仕事の時間が規則正しく流れていくことや、研究室や工場に1日中滞在している場合が多いため、授業への出席率が抜群に高いのです。宿題も計画的にきちんとこなしてきます。理論的に説明さえすれば、彼らは本当に積み木を積み重ねるように勉強してくれます。
そんな彼らを指導するときに格別の配慮が必要なのは、「多少分からないところがあってもざっくりと進む」といったダイナミックな勉強の指導です。もともと分析思考なので、1つでも不明な個所があると前に進めない傾向がありますから、英語を母国語としている人の発言を同じスピードで理解したり、文章を速読するようなことでは苦労しているようです。つまり、彼らの緻密(ちみつ)な思考回路に合わせて分析的な授業を心掛けつつも、「7割分かればOK」など、アバウトに処理する快適さに目覚めさせるような指導が必要です。
「コツコツ型」が多いエンジニア系に対して、なかなか学習が浸透しにくいのが、営業系のクラスです。お客さまにトラブルが発生するとすぐに飛んでいかなければならない彼らは、そもそも授業に毎回出席すること自体が難しいようです。不規則な仕事の流れは、英語学習の定着には逆境となるらしく、宿題の消化もいまひとつという場合がよくあります。
そんな彼らを相手に、当初の計画通りにきっちりと授業を進めていこうとすると、講師側もかなり苦労することになります。受講者には失礼ですが、営業系のクラスの場合は、当日の彼らの声を聞きながら、臨機応変に授業内容を変えていくと比較的うまくいくようです。
営業系クラスを運営する上での根本的な問題があります。彼らはもともとコミュニケーション能力にたけています。従って、英語などコツコツ勉強しなくても、それなりに外国人と意志の疎通がはかれるため、一生懸命英語を勉強する動機が見つからないことがあるのです。
そんなときは、英語そのものの講義を中断し、「わたしたち企業人がなぜ英語と向き合わなければならないか」についてひざ突き合わせて話し合うような「意図的な寄り道」が必要です。営業系クラスを受け持った講師から、「彼らはニコニコして楽しそうに授業を受けているが、全然勉強してこない!」と不満を聞かされることもあります。クラス自体は盛り上がっているように見えるのですが、テストなどの結果はいまひとつで終わる場合もあるのです。楽しそうにやっていることと、心の中で火が付いていることとは、必ずしも同じではないようです。その点、エンジニア系クラスは実に静かなのですが、その静かな空気の中に、彼らの心に火が付いている手応えを感じることがよくあります。まさに、クラスの表面的な空気だけで「学び」がうまく稼働しているかどうかは即断できない、というわけです。
以上のことを踏まえ、かなり大ざっぱではありますが、学習者のタイプ別の学びスタイルをまとめてみました。ひとつひとつ分析し知識を積み上げていくタイプを「ボトムアップ型」、大まかにとらえていくのが得意なタイプを「トップダウン型」と呼ぶことにしましょう。
例えば、英語において「onlyとjustの違い」を学ぶなどといったときも、ボトムアップとトップダウンではアプローチが違うように思います。ボトムアップ型学習者は、言葉の起源などを使った分析的なアプローチが向いているかもしれません。一方、トップダウン型学習者は、たくさんの事例に触れつつ、フィーリング重視で理解を深めていくのではないでしょうか。
- | ボトムアップ型 | トップダウン型 |
---|---|---|
多く見られる業種・職種 | ・メーカー系 ・エンジニア系 ・理系 |
・商社系 ・営業系 ・文系 |
学びの特徴 | ・コツコツ ・マイペース ・分析的 ・ともすれば理屈っぽい |
・大ざっぱ ・臨機応変 ・ともすれば地道な積み上げが苦手 |
指導のポイント | ・じっくりと理論的な指導 ・細やかな指導 |
・テンポの良い指導 ・大まかな指揮 |
わたしは企業に英語研修プログラムを提供したり、英語講師を派遣したりする会社を運営しています。講師の技術向上のためにときどき講師たちを集めて勉強会を開きます。自分の会社に、しっかりとした「学びの風土」を作っておきたいのです。
このような経験から、勉強会のようなものは、言い出した人がとにかく一度やってみるとよいと思います。実行すると、思わぬ展開があるかもしれないからです。実際勉強会を開催してみると、参加者たちは思った以上に協力的だったり、言い出した自分以上にグループをうまく取りまとめてくれる人が現れたりするものです。
勉強会などをわざわざ企画するのが面倒というのであれば、単純に自分が何かを学習中であることを周囲に公表するだけでもよいでしょう。わたしがある商社の新入社員だったころのことです。英語の勉強を始めたのをそれとなく周囲にもらしたところ、同じ寮の先輩たちがさまざまな英語学習法や教材を紹介してくれるようになりました。自室でアルコールまじりのレッスンをしてくれた先輩もいました。
また、ある外資系企業では、社長がマネジャー層にドラッカーの本を配っていました。社長がマネジャーに何を期待しているのかを、市販の本に代弁させていたのですね。こうした「学びの風土作り」こそ、経営者や管理職たちの大切な使命の1つといえるかもしれません。