年間130時間の節約、黒字に転換――掃除が生んだ新ビジネスカイゼンの現場

「掃除で会社を立て直した」――。そんな会社が大阪にある。ほこりがたまり、天井はまっくろだった職場をピカピカにすることで、黒字化できた。そして新しいビジネスが生まれたという。

» 2010年02月09日 12時00分 公開
[塙恵子,Business Media 誠]
photo 書類管理ソフト「デジタルドルフィンズ」

 「掃除で会社を立て直した」――。大阪にある金型メーカー・枚岡合金工具の実話である。

 枚岡合金工具は、プロジェクタやPC、スパイクの金型などの設計・製作のほか、PCソフトの開発も手掛けている。2006年には「IT経営百選」最優秀賞を受賞。また、IT技術を革新的な形で活用する優秀な中小企業をデルが表彰する「スモールビジネス賞 2009」では、惜しくも優勝は逃したものの、最終選考まで残った経歴を持つ。

 スモールビジネス賞でも評価された、枚岡合金工具が開発した文書管理ソフト「デジタルドルフィンズ」は、メールなど電子文書のほか、図面や保険証券、契約書、見積書、名刺、納品書といった書類を登録することで、検索、閲覧、管理できるもの。延べ60社以上に納品し、実績も作ってきた。しかし同社の古芝保治(ふるしば・やすはる)社長は「もうけるために(デジタルドルフィンズを)作ったわけではない」と話す。もともとのPC好きが高じて、社長自らが会社のIT化を推進してきた結果だという。

3S(整理、整頓、清掃)で会社を立て直す

photo 古芝保治社長

 とたん屋根の町工場が立ち並ぶ大阪市生野区に枚岡合金工具がある。「掃除で会社を立て直した」というが、正直外観からは想像できない。

 しかし職場に一歩足を踏み入れて驚いた。ゴミひとつないぴかぴかの床、きちんと整理された棚。すべてがキレイに整っているのだ。古芝社長はこれを「3S(整理、整頓、清掃)」活動と呼ぶ。

 「3Sは生き残りをかけた活動だった」と古芝社長。古芝社長が父親である先代から経営を引き継いだとたん、経営が悪化した。「なにがいけないのだろう」と考えていた矢先に、たまたま出掛けた工場見学会で運命の出会いがあった。そこで出会ったピカピカに磨かれた工場が、3S活動のきっかけとなった。

 当時の枚岡合金工具の職場は、ほこりがたまり、天井はまっくろ、とたんはめくり上がり、物は床に直置きの状態。「公園で食事をとることもありました」と古芝社長は苦笑する。「満足に掃除すらできない、そんな会社にはしたくない」。一念発起で3Sの布教を始めた。

 「当初は孤軍奮闘の状態」で、社員からは「掃除をするために何十年も働いてきたわけではない」「生産活動をして給料をあげてほしい」といった反対の声が大きかった。しかし古芝社長は「血判状を書いて」まで1人でも真剣に取り組んだ。「宣言した以上ひっこみが付かないですからね(笑)」

千数百万円もしたマシンも廃棄

 最初に行動に移したのは整理、清掃。千数百万円分のオフコンや機械を大量に廃棄した。廃棄量は全部で2トンにも及んだという。「1つあるだけで、ゴミは次々に集まってくる。不平不満が集中するように」(古芝社長)

 床に余裕ができたら、ほこりでまっくろだった社内清掃に取りかかる。社員全員で合板を張り替えたり、床を塗装したりと、社内を少しずつ変えていった。「ピカピカの現場ができ、社員全員で大の字になった」

 同時に整頓を始めた。「いつでも、だれでも、いるものが、すぐに取り出せること」を目指した。取り出しにかける時間は15秒以内に設定。表示(モノに対して)、標識(場所に対して)も忘れない。ボールペン1本、消しゴム1個と、最低限使うものだけを置く。書けないときは即座に捨てるのだ。必要な数だけ発注すればいいので、無駄な発注は一切なくなった。

 引き出しにも工夫を施し、「定位置」「定量」「定方向」を心掛けた。例えばカッターなら、それ以外のものは入らないように、カッター用の枠を作る。そうすれば引き出しをあけたときでも“ずれない”という利点もあった。

photophotophoto 最低限使うものだけを置く。机の引き出し(左)、ファイルは番号を振り、色分けをして整理(中央)、消耗品のストックにも工夫(右)

photophotophoto 定位置を決め、必ず写真や図で表示する。発注のラインも決めているようだ

 スペースも確保できるよう、ホルダーの無駄、コピーの無駄も検討。その流れで社内の電子化はどんどん進んでいった。それが「デジタルドルフィンズ」の開発にも影響していったのだろう。

 「ものの整理は心の整理」――。今では毎日仕事前の掃除を欠かさない。キレイにすることで、物を大事に使う心もでてくる。筆者が特に驚いたのは、“手”でトイレ掃除すること。便器も手で磨き、あえてぞうきんやブラシ、洗剤は使わない。「トイレで会社の舞台裏がどうなっているかが見えてくる」のだという。

100の理論より1つの実行

 3Sの活動で「物を探す」ことがなくなり、「1日30分、年間約130時間の節約になった」(古芝社長)。これによって生産性も向上し、引き継いで以来赤字続きだった会社を、黒字に転換できた。

photophoto 環境への意識も強く、ソーラーシステムを導入。空調は夏は28度、冬は18度に決めている

 現在枚岡合金工具は、工場見学会、独自セミナーを開催し、全国の企業から多くの見学者が訪れるという。これまでに見学にきたのは業種は問わず1500社以上、約5000人にも及ぶ。「自分たちが困っていることを解決することで、新しいビジネスを生んだ」

 「100の理論より1つの実行」がモットーという古芝社長。古芝社長は夢や計画を壁に張り付け、日々実行している。「だめだとしても、だめという結果が分かるから」――。もしかしたら「だめという結果」を“掃除”しているのかもしれない。

photo 目標、計画を掲示し、実行に移している

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