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兼高かおるさんが唱えた「42歳定年説」  だから私は19年勤めたテレビ局を辞めた考え抜いた「不惑」の意味(6/6 ページ)

» 2019年01月25日 08時00分 公開
[田中圭太郎ITmedia]
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「42歳定年説」は悩める人への“提言”

 兼高さんが「42歳定年説」を提唱した当時、定年はまだ一般的には60歳だった。それが年金支給開始年齢の引き上げなどを受けて、いまでは65歳までの定年延長が主流になっている。政府はいま、70歳からの年金支給開始も選択可能にすることを検討していて、会社で過ごす時間は長くなる傾向にある。

 一方で、15年12月に電通の女性社員が過労を苦にして自死する痛ましい事件が起きたことをきっかけに、働き方改革が推進されるようになった。

 18年は働き方改革関連法が成立。19年4月から大企業では一部職種を除き、時間外労働の上限が月45時間、年360時間となる。中小企業でも20年4月から施行される。同時に、高度な専門職で年収の高い人を労働時間の規制から外す高度プロフェッショナル制度も始まる。年収1075万円以上のアナリストなどの専門職が対象となり、残業や深夜・休日の割増賃金が払われなくなってしまう。

 国が進める制度改革は、働く人にとってはいい面もあるのかもしれないが、首を傾げざるを得ない部分が多々あることも確かだ。国の制度以外でも、働き方を巡る環境はここ数年で大きく変化している。法整備より進んだ形で働きやすい環境を整えている企業はたくさんある。新卒一括採用にこだわらない企業も増えてきた。以前は35歳を過ぎたら転職は難しい、などといわれていたが、中途採用も変わり始めた。

 私と同じようにフリーランスで働く人も増えている。ランサーズ株式会社の「フリーランス実態調査2018年版」によると、フリーランス人口は1119万人と推計されている。

 働き方は確実に多様化しつつあり、「42歳定年説」もいま聞けば突飛なものではないだろう。自分が豊かな人生を送るにはどうすればいいかを考えて、キャリアチェンジをするかしないかを選択するだけの話である。

 42歳で会社を辞めた私は、現在45歳。もちろん全てが思い通りにいくわけではないが、歩を進めているうちに、さまざまな出会いがあり、多くの人に助けられ、仕事の幅は年々広がっている。42歳のキャリアチェンジは、自分にとっては絶妙のタイミングだった。

 もちろん人によって、取り巻く環境や選択のタイミングは違うだろう。ただ自分の経験からも、世界を旅した兼高さんの視点は、42歳を前に悩んでいる人への提言になると、訃報に触れて感じている。兼高かおるさんのご冥福を心よりお祈りいたします。

著者プロフィール

田中圭太郎(たなか けいたろう)

1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。雑誌・webで警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。「スポーツ報知大相撲ジャーナル」で相撲記事も担当。Webサイトはhttp://tanakakeitaro.link/


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