――確かに子どもたちは「ブランドが効かない相手」ですね。
鳥嶋: 前編記事(関連記事を参照)で小沼さんがおっしゃたように、僕らはいつも「誰に向けて作るのか」というターゲット設定を重視していて、考えるのがくせになっています。ターゲットは常に子どもでした。
それこそ僕は先輩にいじわるをされて「鳥嶋くん、ここに面白かった漫画の順番を書いてくれる?」といわれて新入社員が書かされる日誌に書いていったことがあります。その後、その週の読者アンケートの結果が来ました。そしたら子どもたちが付けた順位と、僕が面白いと思った順位が真逆だったんです。
『サーキットの狼』という漫画を、僕は一番面白くないと思ったのですが、結果はトップで、ものすごくショックを受けました。これだけ読者と僕の面白いものは違うんだと最初に学んだのです。
――まずそこを修正するところが漫画研究のスタートになったのですね。どういう人がこの仕事、ゼロイチというよりも1×100の仕事、「拡げる仕事」に向いていると思いますか?
鳥嶋: えーと……。好奇心のある人だな。そうだな、僕自身の例でいうと、「いつも困っている人」という言い方もできますね。困っているということは問題意識があるわけですよ。さっきの鳥山さんの例でいえば、「『ドラゴンボール』が見つからない、どうしよう」っていうときの奥さんの一言があって、それでヒントがパッと出てきた。それまで散々うまくいかなくて困っていた。そういうときにやっぱり誰かの言葉とか何かがビビッと入ってくるんですね。
だから何かを広げるためには、困っていないといけない。そういう意味では、前編記事で言いましたが「ヒマ」っていうことは大事なんじゃないかな。ヒマっていうのは空白ですから。余裕があるから、目の前の何かをやらなきゃいけないっていう状況ではないのです。だから困っているということと、困っている先にある「何これ面白そう」と思える好奇心の2つが必要だと、僕は思います。
小沼: 「拡げる仕事」は才能や情熱への奉仕だと考えています。ホスピタリティーという言葉はホテルなどの業界で使われる言葉ですね。一方、サービスは別の意味で、それこそFateのサーヴァント、が語源です。つまり、サービスとは奴隷と主人の関係なんですよね。つまり一方的に命令されて提供するのがサービスなんですが、ホスピタリティーは相手をパートナー、つまり人間同士と見なして喜びを提供することを目指します。これを一般的にホスピタリティーというのです。
だから「拡げる仕事」に従事する人はホスピタリティーが必要だと思っています。つまり、「拡げる仕事」をする人は自分で0を1にする仕事ではないのです。自分でやるわけじゃない。0を1にする作家やゲームクリエイター、経営者にホスピタリティーを提供する。それこそ鳥嶋さんがおっしゃったように「ヒマなこと」は条件かもしれません。自分の時間、才能や知識をその人のために提供することを喜びと感じられる人。こういう人が向いていると思います。
――ユーザーに対してもそういう姿勢は必要なのですか?
小沼: そこは難しいですね。もちろん支持されないといけないのでユーザーのことは常に見ています。お客さまですからね。ただ少なくとも僕の仕事はユーザーに奉仕するのではなくて、作品を生み出そうとする人たちに奉仕することだと思っています。逆にいうとユーザーに喜んでもらうことは当然なので、条件には入らないと感じます。
平: 僕も「拡げる仕事」は才能に対する奉仕だと思っています。それこそ鳥嶋さんと対談をしていただいたKADOKAWAの佐藤辰男さん(関連記事を参照)、ラノベを起こした方ですが、その対談の発言で印象深いのが「作家を目指して挫折したやつが一番いい編集者になる」というものでした。つまり作家の気持ちが一番分かり、共感すること、そしてその才能にほれ込むことが優秀な編集者の条件というわけです。ですから作家と編集者がいたときに立てるべきは編集者ではなく、あくまで作家の才能や情熱です。だからどんなに編集者が優秀であっても、作家とかち合ってはいけないんですね。
鳥嶋さんは世間的には「鬼の編集者」などとキャラが立ったイメージを持たれているかもしれませんが、いろいろな話を伺っていると、やっぱり作家に対して並々ならぬ奉仕の姿勢を持っています。鳥嶋さんの作家への向き合い方は「まさに編集者」だと常々思います。
つまり鳥嶋さんほどの個性のある方であっても、作家の上にはいかない。それが編集者や「拡げる仕事」の本質の一つだと思います。
――「拡げる仕事」だと、複数の才能を担げるのかな、と今聞いていて思いましたが。
平: それは「流儀」かなと思います。一人の作家に入れ込む編集者もいれば、いろんな作家を抱える人もいます。それぞれの編集スタイルの違いです。どちらも正解ではないでしょうか。
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