このプロジェクトの設計は、三菱地所設計が担当した。同社はこれまで、1978年完成の東京・東池袋の「サンシャイン60」(地上60階建て)、93年の「横浜ランドマークタワー」(地上70階建て)、2002年の東京駅前「丸の内ビルディング」(地上37階建て)、2012年「JPタワー(低層部は商業施設『KITTE』)」(地上38階建て)など、その時代を刻む超高層ビルを担ってきた。
これまでもテラスなど屋外空間をビルの設計の中で積極的に取り入れてきたが、今回は日本橋川沿いの親水空間、北側に拡大整備予定の常盤橋公園に加え、空中散歩道とその終着地に広がる屋上庭園を整備するなどして、総面積約2ヘクタールの屋外空間を最大限活用する。
同社、TOKYO TORCH設計室の永田大輔チーフアーキテクトは「これまで、超高層建築でも魅力的な屋外空間を生み出す試みをしてきたが、街との関係という意味では少々希薄なこともあった。今回は、街や広場との視覚的なつながりや賑わいを感じられるデザインにしようと考え、商業施設の前に通路やテラスを作るなど大胆な屋外空間の利用に取り組んでいる。閉鎖的で窓のない建築ではなく、アフターコロナではこういう開かれた建築がスタンダードになるのではないか」と話す。
実際の設計では次世代を担う3人がデザインアドバイザーとして参加、空中散歩道を含む低層部を担当したのが永山祐子建築設計事務所を主宰する永山祐子氏だ。
永山氏は「一般市民にとって超高層ビルは、これまでそばを通るだけで関わりが少なかった。大きな広場ができることもあり、この高層の建築が私たちの日常の延長線上になり得るにはどうしたらよいか。そんな思いから、一般的にはつるっとして寄る辺ない雰囲気の超高層ビルと、開放感のある広場をつなぐきっかけを作りたかったのが発想の原点」だと語る。
この空中散歩道の道幅は2〜5メートルになる計画で、道が交差したり吹き抜けになったりして変化に富んでいる。高さ60メートルの屋上庭園まで空中散歩道がつながっているが、何カ所かはショートカットできる道も作られる予定だ。
永山氏は「今回はただの散歩道というよりも、座って休める場所、アクティブに動けるなどの居場所を作りたい。多くの人が皇居の周辺を走っているが、完成したらこの散歩道を散歩したり、走ってもらいたい。いままでにない都市景観のパノラマビューが楽しめて新しい体験ができる」と期待を込める。散歩道にはランニングコースが作れないかも検討していて、それができれば景色が楽しめるランニングの場所としても注目を集めそうだ。
散歩道の雰囲気が、スタジオジブリの作品に雰囲気が似ていると問うと永山氏は「ジブリは水平、垂直移動がコンセプチャルに描かれている。大友克洋さんの書いたマンガ『大砲の街』では都市が立体的に描かれているが、建築が高く上に伸びていくのは人間の夢の表れだと思う。水平移動しかできない人間の望みをかなえているのではないか」と指摘する。
また空中散歩道の別の狙いについて「都市の中の止まり木的な空間になればいい。それが見つけられたら都市は豊かになるのではないか」と憩いの空間になることに思いをはせる。
高層ビルで働く人だけでなく、観光客、通りを行き交う人など多様なニーズに応える都市空間を作ることができれば、文字通り大東京の新たな憩いの広場になる。
「TOKYO TORCH」では東京の魅力を発信するため、企業や地方自治体と連携して多様な取り組みを推進する。ハウス食品グループや吉野家との協業により、中央広場空間にフードトラックを展開し、多種多様な食品や料理を提供する計画で、ランチ時は賑わいそうだ。
また錦鯉発祥の地として知られる新潟県小千谷市との協働で、常盤橋タワー沿いの親水空間に「錦鯉が泳ぐ池」などを整備し、錦鯉の魅力や同市の特産品などをPRする。東京駅は新幹線の発着駅なので、このプロジェクトを通じて各自治体の魅力を訪れた人に提供したいという。三菱地所は、その他にも和歌山県白浜町、長野県軽井沢町の施設を使ったワーケーション事業なども展開している。
この敷地の北側を東へ流れる日本橋川には高速道路の高架が掛かっていて、2040年に地下化が行われ高架は撤去される予定だという。そうなれば、散歩道から日本橋川を見渡すことができて、新たな観光スポットになりそうだ。三菱地所ではこの空中散歩道に名称を付けることも計画の進捗と合わせて検討していくという。
気になるのが、プロジェクトが完成する27年度に、東京に本社を構える大企業の就業環境がどうなっているかだ。「Torch Tower」の延べ床面積は54万平方メートルもあり、六本木ヒルズ森タワー(同38万平方メートル)、虎ノ門ヒルズ(同24万平方メートル)と比べても、桁違いに大きい。
7階から53階までのオフィス階を埋めるためには、安定的に入居してもらえる多くのテナントを見つける必要がある。三菱地所は「中長期的にはこれだけのオフィス需要は十分ある」とみていて、コロナ禍による設計の修正は考えていないという。
「Torch Tower」が完成するときにオフィスが埋まっていれば喜ばしいことだが、企業の中にはコロナ禍で経験したテレワークを継続する動きもある。こうした動きが定着してくれば、先行きのオフィス需要の減少につながる。人口減少、少子高齢化が進む中にあって、この場所が国際金融都市を目指している東京の魅力を発信できる一大拠点になれるかどうか、日本経済全体の力が試されることになりそうだ。
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