繊維産業はかつて、明治維新後の近代化と経済発展に寄与した日本の花形産業だった。その一躍を担うべく、セーレンは1889年に絹織物の精練業として創業。精練とは絹や綿などの繊維に含まれる不純物を取り除く工程のことで、社名の由来でもある。1923年には福井精練加工を設立し、染色加工業を開始した。これが長らく同社の主力事業となった。
ところが、その後、アジア諸国の台頭によって日本の繊維産業は輸出が落ち込むなどして、70年代を境に衰退の一途をたどっていった。当然、セーレンはその煽りをもろに受け、瀕死の状態に。その渦中の87年に社長に就任したのが川田会長であり、独自の経営改革などで幾多の危機を乗り越えてきた。セーレンはまさにピンチを糧に成長してきた会社なのである。
「バブルの崩壊、リーマンショック、東日本大震災……。さまざまな問題に直面し、凸凹しながらここまできました。絶えず『変わろう、変えよう』を合言葉にやってきたので、今回のコロナショックも一つのステップとして、変革を推し進めていきたい」
“福井の雄”として地元経済を下支えしてきたセーレンと、そのトップとして同社を指揮してきた川田会長は、地域に一体何を残してきたのだろうか。
福井を飛び出し、日本を代表するメーカーとなったセーレンは、現在、海外9カ国19拠点でビジネスを展開し、売り上げ比率の6割近くが海外となっている。そんな同社で35年にわたり経営トップを務める川田会長にとって最大の地域貢献とは何なのか。この問いに対し、川田会長は迷わず「雇用」と断言する。
現在、セーレングループ全体で6100人以上の社員がいるが、川田会長の言う「雇用」とは、単に多くの従業員を抱えているということではない。実は国内社員の9割が福井出身者なのだ。これほどの規模の会社になったのに、地元の人間を積極的に登用しているのはユニークである。ここには川田会長の思いがある。
「昔から雪が多い土地柄ということもあり、福井県人は辛抱強いです。よく働き、労働の質も良い。だからわれわれは福井県人にこだわっているのです。大阪や東京、場合によっては海外勤務でも、福井で採用して、こっちから転勤してもらっています」
福井の人たちが働ける場を用意し続けていることが、川田会長の誇りである。地方企業にとって地元雇用なんて当たり前、あるいはえこひいきじゃないかと思う人がいるかもしれないが、それは間違いだ。逆にグローバルに事業展開していながら、地元に根を張り続けている会社はそう多くはないだろう。
「福井県人でもっている会社ですから」と川田会長は笑うが、つぶれかけたセーレンを救い、さらには「再生不可能」と言われたカネボウの繊維事業に手を差し伸べて、カネボウ繊維の長浜工場、カネボウ合繊の北陸合繊工場(一部、山口県防府工場を含む)で勤務していた社員全てを受け入れた川田会長だからこそ、「雇用による地域貢献」という言葉には重みがある。
特にカネボウの事業統合は社史に残るほどの苦労を伴った。バブル崩壊以降、粉飾決算を繰り返していたカネボウは、2003年度決算で約3500億円もの債務超過が発覚し、倒産寸前となり、事業は解体された。とりわけお荷物だった繊維事業は切り捨てられる運命だったが、セーレンは火中の栗を拾った。しかし、その心意気とは裏腹に、旧カネボウ社員がカネボウの労働組合に加盟し続けるなど想定外のこともあり、事業を一つにまとめるのに多大な時間と労力を費やした。
「再生不可能というレッテルを貼られていたカネボウの繊維部門を全部引き取って、860人の雇用を守りました。社内外からは大反対にあいましたが、それを押し切りましたね。結果的に、雇用を維持しただけでなく事業も再生し、今では当社に大きな利益をもたらしています」と川田会長は胸を張る。
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