企業価値を向上させるIT基盤構築

日本のCIOは「BCPは自分の仕事ではない」と考えている――早稲田大・小尾教授による指摘識者が語る日本の課題

東日本大震災を機に多くの企業が自社の事業継続性への取り組みに対する見直しを進めているが、特に日本企業にとっては震災以外にも事業の成長を阻むさまざまな制約がある。この困難をどう乗り切るべきか、国際CIO学会顧問で早稲田大学大学院教授の小尾敏夫氏に話を聞いた。

» 2011年10月07日 08時00分 公開
[敦賀松太郎,ITmedia]

(このコンテンツは日立「Open Middleware Report vol.56」をもとに構成しています)

BCP策定は全企業の至急課題

写真 国際CIO学会顧問・早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 国際情報通信研究科 教授 小尾敏夫 氏

――東日本大震災によって、企業のマインド、とりわけ事業継続性についての考え方はどのように変化したのでしょうか。また、震災を教訓として企業が取り組むべきことは、どんなことでしょうか。

 今回の震災により、日本の多くの企業が疲弊し、変革すべき状況にあることがより鮮明になりました。今の日本企業は、震災後の対応だけでなく、円高、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)、税制改革、政治空白、雇用、環境、電力不足など、対策を講じるべきいくつもの課題、制約を抱えています。それを解決するには、グローバル化、高齢化、情報化への対応などが必要です。

 それらと同時に、企業には「防災化」への取り組みが求められます。複数の調査結果によると、今回の震災では事業継続計画(BCP)が十分に機能しなかったという企業が7割にものぼります。BCPを策定している企業は、大企業を中心に2〜3割はありますが、そのうちの7割もの企業が、部分的にしか機能せず見直しが必要だというのです。さらに、過半数の企業は最初からBCPを策定していません。

 したがって防災化は、すべての企業が大至急取り組まなければならない課題です。ところが、今からBCPに取り組むといっても、多くの企業にはノウハウがありません。人材や資金、経営者の質に問題がある場合もあります。震災によって人材が増え、資金に余裕ができ、経営者の質が改善されたわけではありませんが、「BCPに取り組まなければならない」という意識は生まれました。

 そこで、国や産業界、メディアなどが後押しをする必要があります。ただし、従来のように通常時と非常時を分けるような考え方ではいけません。災害はいつ起こるのか分からないわけですし、非常時ではない通常時は対応しないような考え方では、リスク管理にはなりません。

緊急時の初動段階への偏りによる失敗

――BCPを策定していたのにもかかわらず、多くの企業で機能しなかったのはなぜですか。

 BCPを策定したからといって災害を止めることは不可能です。ただし、被害を最小化する災害の減殺は可能です。その減殺の程度によってBCPの効果を測ることができます。

 日本企業のBCPの問題点は、緊急時の初動段階だけに偏りすぎている点です。災害が発生した際に、社員の安否確認や事業所や設備の被害状況の確認にはエネルギーを使います。しかし、事業を継続させるには、外部要因に対するBCPへの取り組みが必要です。事業所の設備が無事でも道路が寸断されたり、停電したりすれば会社は何もできません。道路や電線などの社会インフラを直すのは自分たちではないと考えているので、どんなに立派なBCPを策定していたとしても、機能しないわけです。つまり、外部要因と事業継続との関連性、インタラクティブな関係に対する認識が甘いと言えます。

 これに対し、事業拠点の分散化を図ることで解決すればよいという考え方もあります。しかし、今回の震災では、東北地方に生産拠点を設けたのに、その拠点が被災したことで部品が供給できずに生産が滞ったという例もあり、必ずしも分散化が正解とは限らないことも分かりました。

 そうしたBCPの問題点を洗い出し、反省を含めて見直さなければならないでしょう。

――BCPに対し、企業の情報部門は、どのように行動すべきでしょうか。

 私はCIOの専門家ですが、BCPを自分の仕事だと思っているCIOは少ないのが現状です。

 CIOは、企業の情報や投資だけを見るのではなく、知識を共有して分析し、戦略を立てられる責任者であるべきです。ITの投資効果や経費削減も大事ですが、それだけではイノベーションを生みません。情報を総合して全体最適化を図り、企業に新しいモメンタムを与えることができなければ、CIOとしては十分ではありません。

 もちろん、イノベーションを創出するのは、CIO本人でなくてもかまいません。企業には研究所もあるでしょうし、経営戦略の部署もあります。今や企業や社会そのものが、情報の塊です。BCPを発動する際には、強いリーダーシップを持って取り組む意志がなければいけません。こうした点が、日本企業のこれからの課題です。

クラウドなどの技術と活動に注目

――ITの視点からBCPを実現するためには、どのような技術や活動に注目していますか。

 私たちが国際会議でよく議論するキーワードが「クラウドコンピューティング」「スマートグリッド」「デジタルインクルージョン」の3つです。

 クラウドコンピューティングに関しては、ITを所有から活用へと促すものであり、BCPにとって有用だという意見を否定する人はいません。ただし、セキュリティに対して不安があると感じている企業は少なくないようです。

 クラウドコンピューティングは、被害を最小化するというBCPの観点からも有用ですが、日本企業が効率化し、国際競争力を高めるためにも役立ちます。企業経営を効率化するにはガバナンスを定着させ、ITが十分にバックアップすることが望ましいわけですが、その第一歩としてクラウド化していくことは重要です。コストを削減し、シンプルでスピーディというメリットがあるわけですから、これはぜひとも推進すべきだと思います。

 スマートグリッドについては、スマートシティも含め、日本企業は先端技術を持っています。ですから、そういうシステムを本気で作っていけば、日本企業の活性化につながります。しかし、クラウドにしてもスマードグリッドにしても、製品を提供するベンダーは、圧倒的に米国企業が優勢です。日本全土にクラウドやスマードグリッドが普及しても、一番儲かっているのは米国企業というのでは、日本の国際競争力は向上しません。したがって、国策の新成長産業として、国が全面的に応援すべきです。

 デジタルインクルージョンは、高齢者などITが不得手の人をどのように取り込むかという活動です。社会システムのバリアフリー化を進めるわけですから、多額の投資が必要です。

ITからも組織の全体最適化を

――BCPを実現するために、ワークスタイル改革を進める動きがありますが、これについてはどのように評価していますか。

 私は在宅勤務などのワークスタイル改革は大賛成です。けれども、企業側からすると、勤怠管理の面で躊躇するところがあります。それを克服するために、Web会議などで情報交換したり、サテライトオフィスを設けて近隣の社員が集まる仕事場を用意するなどの工夫をすればよいでしょう。職種によっては不可能な場合もありますが、可能ならば推進すべきです。通勤を伴わないので、熟練した能力のある高齢者を雇用できるメリットもあります。在宅勤務の範囲をもう少し広げ、いつでもどこでもできるような形にしていくという柔軟性は将来出てくるでしょう。常に会社で仕事をしなくてもよいという時代に合わせて、IT機器やセキュリティ技術が登場しています。

 ただし、IT社会は、差別化・個別化が進み、孤独化を招くおそれがあります。そこで、スキルやノウハウなども含めた業務情報を共有する仕組みが必要になります。これができるかどうかは、経営者のガバナンスに対する認識にかかっています。多くの日本企業では、仕事の情報を本人しか持っていないため、長期休暇を取ると必ず連絡が来ます。それは、情報共有ができてない証拠です。

 BCPに向けたワークスタイル改革には、イノベーション的な発想が必要です。この過渡期には、いろいろな変革が求められていますが、ITの視点からも組織の仕組みを全体最適で捉えられる考え方が必要になります。

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