「競争」と「普及」のダイナミズム(1)eマーケティングの現場から技術者向けの、eマーケティングTIPS(7)

» 2001年01月27日 12時00分 公開
[水島久光,株式会社 インフォシーク]

 巨額の広告費を毎年投入し、日本のメディアを支えている大手広告主の集まる忘年会にちょっと顔を出した。そうしたらいきなり、開口一番、鳴り物入りで2000年12月に産声を上げたばかりのBSデジタル放送の「大バッシング大会」である。

 なにやら事情を聞いてみると、各局ごとに記述言語であるBML(Broadcast Markup Language)の扱いがまちまちで、デジタル放送の広告コンテンツの納入に非常に手間がかかったとのこと。まあ、なにぶん始まったばかりのものだから、いろいろと慣れないことや思いどおりにいかないことがあるのは当たり前としても、僕が気になったのはこの「不統一」という点である。

 この「不統一」によるトラブルというのは、これまでにもよくあった話で、BSデジタル放送の一件に限ったものではない。この手のトラブルは「ちょっとした話し合いで解決できるのでは?」と思うのだが……。

 互いに同じようなことをやっていたとしても、「競争する関係」におかれた場合には、意外と没コミュニケーションに陥ってしまうものだ。僕は、この前提に「標準(デファクト・スタンダード)に対する神話」があるように思える。言い換えれば、競争の結果として覇権を握ることがあらゆる創造的作業sの目的になってしまうということである。

 「いやいや、そんな大げさな話ではなくって、ここに挙げたBSデジタル放送の一件だって、“単なる競合他社に対する無関心”が生んだミスに過ぎないんだよ……」という反論も聞こえてきそうだが、僕は、この「無関心さ」というのは「競争」に対する全幅の信頼がもたらしたものではないか、と考えているのだ。

 確かにマイクロソフトの姿を見れば、1つの企業が「標準」を握ってしまうことによって自社にもたらされる揺ぎない競争力、いわば経済的な成功については疑うべき余地はない。

 こうした「デファクト・スタンダード競争」の対象となるものは、いわば市場黎明期における“規格・仕様”にかかわるものがほとんどであるだけに、この競争に勝つことで得られるものは「甘い蜜」なのである。

 しかし、今回のBSデジタル放送業界における競争の過程で消費者に対して与えられたものは「混乱」であったことを忘れてはならない。

 この「混乱」さえなければ、市場全体の規模はもう少し早く成長したのではないか、消費者にとっては混乱を招くだけの“規格・仕様”に関する覇権争いではなく、なぜもう1歩その先の(その規格の上で働く)消費者にとってのユーティリティという次元での「競争」に移れなかったのか、という疑問を誰も投げかけないのだろう。

 BSの場合の、「単なる他社に対する無関心」も、「自分のところだけで黙々とやって、『いいもの』をつくりさえすれば市場が認めてくれる。そうすればおのずと自分の依拠している"規格・仕様"が『標準』になる」という楽観的な思想が支配していたものに見える。

 いま現在BSチューナーの販売ペースは確実に予定を下回り、市場は「見送り気分」に陥っている。われわれはまた“いつか来た道”をたどっているようだ。

 単なる無関心であったならばまだよしとしても、本来であれば統一すべきもののような“規格・仕様”を、「デファクト・スタンダード」の甘い蜜を吸いたいがために、わざわざ微細な違いを施したりするのであれば、その罪は重い。

 どうもこうした楽観的な思想は、無邪気に「競争」を「普及」の前提条件としてとらええがちであるが、僕は反対に「競争」の前提条件となるのは「普及」であるということを見落としてはいけないように思う。「使ってくれる人がいないところには、競争すら起きない」という当たり前の前提を。

Profile

水島 久光(みずしま ひさみつ)

株式会社 インフォシーク 編成部長

mizu@infoseek.co.jp

1984年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭通信社にて、ダイレクト・マーケティングを手がける。1996年にはインターネット広告レップ「デジタルアドバタイジングコンソーシアム」の設立に参加し、インターネット・マーケティングに関する多くのプロジェクトに携わる。そのうちの1つ、情報検索サービス「インフォシーク」の日本法人設立準備にあわせて旭通信社を1998年10月に退社し、「インフォシーク」を運営していたデジタルガレージに入社。1999年6月、インフォシークの設立後、現職に着任。現在、日本広告主協会傘下のWEB広告研究会広告調査部会幹事も務めている。日経BP社『ネット広告ソリューション』インプレス『企業ホームページハンドブック』(いずれも共著)。


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