インターネットを生業とする人々eマーケティングの現場から技術者向けの、eマーケティングTIPS(18)

» 2001年05月12日 12時00分 公開
[水島久光,株式会社 インフォシーク]

 アメリカのインターネット関係の市場が大きな壁にぶつかっている。ついこの間まで好景気に沸いたマーケットは蛇行を繰り返し、新しいビジネスの旗手と持ち上げられた幾つもの企業が、週刊誌では日本の構造不況業種と見紛うような取り扱いがされている。僕たちはやはりここらでひと息ついて、冷静に周りを見回す必要がありそうだ。

 そう思って本屋に立ち寄ったら、「こうすれば、成功できるぞ!」といったちょっと前までこれ一辺倒だったノウハウ本的なタイトルたちに交じって、「人間」に注目する幾つかの本が目を引いた。

 もちろん、ビジネスの“ノリ”は一種の宗教と紙一重だから、昔からカリスマ礼賛のビジネス書は山ほどある。しかし僕の目を引いたのは、この数年のビジネス・ストームに巻き込まれた2つのタイプの“この業界にはたくさんいる人たち”を描いた本である。

 それは『ITベンチャーに飛び込んでわかったこと』(トム・アッシュブルック著、沢木昇訳 ネットイヤー・パブリッシング刊)と『ギークス GEEKS〜ビル・ゲイツの子供たち』(ジョン・カッツ著、松田和也訳 飛鳥新社刊)で、僕はその対照的な視点にくぎ付けになった。

 本の面白さについては、解説では語りつくせるモノではないので、ぜひ読んでみていただきたいのだが、この2冊の本を見ていくと、インターネット・バブルはどのようにして生まれたのかがよく分かる。

 「ギーク」とは、平たくいえば“オタク”に当たる言葉で、その中でも「特にテクノロジ方面の知識とスキルを持った人間」のことを指す。語源的には“サーカスの芸人”に由来し、どちらかといえば侮蔑的なトーンを持つ言葉だが、コンピュータ・ギークとなると一種文化的エリートとして「敬愛的」に用いられる局面も多い。ただ、いずれのトーンにしても彼らは“社会的アウトサイダー”であることにはかわりない。

 一方『ITベンチャーに……』の主人公は、エリートジャーナリストである。安定した地位を捨て、ベンチャーの世界に飛び込む話である。彼は、これまで“きらびやかな場所”にいた。だからこそ体育会的なエネルギーで“きらびやかさ”にとどまり続けたいのだ。なぜならば、いまいる世界(オールド・エコノミー)がもはやそのモチベーションを満足させてくれないからだ。

 「エリート」が飛び込む「新しいこの世界」に関するキーワードは“成功”である。彼らは、成功を与えてくれるところであれば、おそらくどこにでも行くに違いない。いわば大航海時代でいう冒険家という名の侵略者である。

 しかし、「ギーク」にとっては、この世界は別に新しい世界でもなんでもなく、ただ自分たちが“生きる場”なのである。逆にいえば“ここしか生きる場所がない”。こうした「ギーク」がビジネスに野心を燃やしたのは、“成功”のためではなく、これまで社会の周縁に位置付けられていた自分たちを、社会に対して“存在証明”するのだという切実な思いに支えられたものである。

 逆の言い方をすれば、「エリート」という人種も、“成功”によってしか“存在証明”できないガケップチな人々なのかもしれない。いずれにせよ、この数年、激動のシナリオの底辺には、既存社会システムのひび割れ(オールド・エコノミーの行き詰まり)から吹き出したまったく異質の、“存在証明”を求める声のエネルギーがあったのだといえる。

 3人目の登場人物がいる。「スーツ」と呼ばれる“資金”を携えた人々である。(この「スーツ」と「エリート」を一緒にとらえる人々もいるが)「スーツ」は、決して“飛び込まない”。資金を投入し、回収していくだけである。彼らは“飛び込まない”ので、回収できなければ、もしくは回収し尽くせば去っていく。どこへ……? オールド・エコノミーへ。

 “資金”と「エリート」たちの“成功”には、密接なかかわりがある。資金のないところには、即ちそれはないからだ。しかし「ギーク」たちは“生きる”ためにここにいるのだから、この場を離れることはないだろう。もとより「ギーク」たちには、コミュニティは必要であったが、ビジネスは必ずしも必要ではなかったのかもしれない。

 これからのシナリオは、この世界の参加者である僕たちがつくるものである。一応、考えられる限りのテンプレートを用意しておこう。

  1. 去っていった「スーツ」を追って、「エリート」たちがまた新しい“成功”の場を求めて流離の旅を始める。
  2. (考えにくいが)「スーツ」自身が、“飛び込む”。もしくは、「スーツ」が帰って行くべきオールド・エコノミーの世界が崩壊し、「スーツ」が帰る場所を失う。
  3. 「ギーク」と「エリート」の間に、(“成功”と“生きる”という互いの対極的な目標を乗り越える)新しく、共有可能なコンセプトに基づくコミュニティが生まれる。

 さあ、答えはどれになるだろうか。ちなみに、僕が在籍していたインフォシークは、これらの出来事がすべて起こった(もしくは起こり得た)インターネット・ビジネスのるつぼだったのだなあ……と、ちょっと距離をおいたいま、感慨ひとしおであるのだが(これは余談)。


<このコラムに登場した本はオンラインで購入できます>


Profile

水島 久光(みずしま ひさみつ)

株式会社 インフォシーク 編成部長

mizu@infoseek.co.jp

1984年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭通信社にて、ダイレクト・マーケティングを手がける。1996年にはインターネット広告レップ「デジタルアドバタイジングコンソーシアム」の設立に参加し、インターネット・マーケティングに関する多くのプロジェクトに携わる。そのうちの1つ、情報検索サービス「インフォシーク」の日本法人設立準備にあわせて旭通信社を1998年10月に退社し、「インフォシーク」を運営していたデジタルガレージに入社。1999年6月、インフォシークの設立後、現職に着任。現在、日本広告主協会傘下のWEB広告研究会広告調査部会幹事も務めている。日経BP社『ネット広告ソリューション』インプレス『企業ホームページハンドブック』(いずれも共著)。


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