世論というまがまがしさ〜インターネットと世論(2)〜eマーケティングの現場から技術者向けの、eマーケティングTIPS(15)

» 2001年04月14日 12時00分 公開
[水島久光,株式会社 インフォシーク]

 僕らは、調査結果というものをどの程度「正しい」ものとして見ればいいのだろうか。ある意味、マーケティング領域の次元では、この調査環境に対する“相対的観点”は定着しつつあるともいえる。

 すべての調査には、必ず「前提」というものがあり、結果に関しては必ず、その前提を(知り得る限り)列挙しなければならない。そして、その結果というものは、その前提条件に制約されたうえで「可能性のあるもの」として理解すべきものである(この言い方にも、もうすでに矛盾がある。知り得ない前提があった場合はどうしたらいいのだろうか……という問題は、いったん置いておくとしよう)。

 しかし、こと社会調査、世論調査といったたぐいのものはそうはいかないようである。国政を左右する選挙における出口調査は、旧来の調査会社にとってはそのメンツをかけた戦いであり、お祭りである。

 とはいえ、ここにも不思議なねじれがある。選挙結果を予測する世論調査は、結果に対してどこまで正確であるかが「命」だが、そもそも選挙結果が世論を代表しているかどうかが問題視されているこのご時世で、そうした厳密性にどんな意味があるというのだろうか。そもそも、世論とは何なのか……。

 1999年、われわれインフォシークは、大まじめに(かつ楽しく)この問題にチャレンジした。その年の東京都知事選挙は、自民党分裂による候補者乱立に加え、各候補者が皆ホームページを立ち上げ、告示前の活動を行うという、まさしくインターネット選挙元年らしい出来事が目立った。

 インフォシークはそのとき“インターネット・ユーザー(インフォシーク・ユーザー)はどの候補者を支持するか”というアンケートをWebサイト上で実施した。もちろん合法的に行うために、公職選挙法で禁じられている「模擬投票行為」ではないことを明示、IP制御による重複回答を避け、実際の選挙戦に対する影響を顧慮して、告示前日にはWebサイト上のページをクローズした。

 これに対して、自民党は思いっきり“不快”の念を示した。当時の森幹事長(現首相)は会見で、インターネットに限らず(当時、森氏はインターネットが何だかよく分かっていなかったのだろう)「世論調査そのものが選挙結果に与える影響を考えるとけしからんモノである」と発言、物議をかもした(この当時、彼の失言癖はいまほどポピュラーではなかったので、調査業界では大騒ぎになったのだ)。

 問題は“インターネット”なのか、“世論調査”そのものなのか、それとも個別の実施例の不適切さなのか……いったい何が問題となったのかが不明瞭なまま、インフォシークの調査ではドクター中松氏がトップとなって、この調査自体は終了した(当選した石原氏は僅差で2位)。この結果をどう見るべきなのか。実際の選挙結果とは異なるものだったから、“世論調査”としての精度は低いものだったのだろうか。

 僕らは懲りずに、翌年の衆議院選挙でさらに新しい試みを行った。テレビ東京の選挙開票速報と連動して、リアルタイム・アンケート番組を実施。その名も「総選挙.com」などという、無謀なチャレンジである。

 もう少し時期が後であれば、大量のアクセスをさばくことができる調査ASPも現れたのだが、このときはまだそうしたものはなかったし、またテレビ局とインターネット・メディア(ポータル)のタイアップ企画ということで、僕自身ちょっと悪乗りしたかもしれないとやや反省……。

 経緯はともかく、この企画でのアンケート結果も、実際の選挙戦の中身とはやや異なったものであった。どちらかといえば、都市型の政党別得票結果に近いものではあったが。

 「世論」に関する古典であるリップマンの20世紀前半に書かれた同名書の中でも、そもそも“世論”なる一般的なものは存在せず、メディア(当時は新聞)との密接な影響関係の中で形成されていくものと認識されている。

 「社会や集団のメンバーの間での共通的問題に関する集合的意見」が“世論”の定義だとするならば、同一の集団ではない人々の「世論」は当然ながら異なるわけで、それが、インターネットという新しいメディアの介入によって、今日マスメディアの影響範囲から細かく分断されようとしているのだということに気付く。

 「世論」とは“社会一般の共通の意見”という分かりやすい定義もある。インターネットによって僕らは、この「一般性」の輪郭自体が分かりにくくなっている社会に居ることを気付かせてもらったのだ。

Profile

水島 久光(みずしま ひさみつ)

株式会社 インフォシーク 編成部長

mizu@infoseek.co.jp

1984年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭通信社にて、ダイレクト・マーケティングを手がける。1996年にはインターネット広告レップ「デジタルアドバタイジングコンソーシアム」の設立に参加し、インターネット・マーケティングに関する多くのプロジェクトに携わる。そのうちの1つ、情報検索サービス「インフォシーク」の日本法人設立準備にあわせて旭通信社を1998年10月に退社し、「インフォシーク」を運営していたデジタルガレージに入社。1999年6月、インフォシークの設立後、現職に着任。現在、日本広告主協会傘下のWEB広告研究会広告調査部会幹事も務めている。日経BP社『ネット広告ソリューション』インプレス『企業ホームページハンドブック』(いずれも共著)。


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