連載
» 2000年12月23日 12時00分 公開

eマーケティングの現場から技術者向けの、eマーケティングTIPS(3):Webサイト、メディアとしての将来性

[水島久光,株式会社 インフォシーク]

 日本のインターネット・マーケティング界で、2000年に最も大きなインパクトを与えた動きは何かと聞かれれば、僕は真っ先に「オーディエンス・メジャメント機関」が複数社一気に現れた、ということを挙げるだろう。

 1年前は、日本リサーチセンターのJAR指標ただ1つだったものが、いまやネット・レイティングスビデオ・リサーチ・ネットコムメディア・メトリックスの各社が、それぞれのモニタを抱えて、調査精度を競い合っている。

 この状況は、以前と何が違うのか……というと、端的にいえば、サイト運営者が自分たちのコミュニケーション・アプローチがどれだけの人にリーチしているのか測定することができる、ということに尽きる。これが可能になって初めて、僕らは「メディア」の仲間入りができたのだ、ともいえよう。

 ところが、いざ蓋をあけてみるとあぜんとしてしまった。リーチのランキング上位を占めているのは、巨大化したYahoo!Japanを除くと、これまでメディアを標榜し、リーチ獲得に凌ぎをけずっていた、いわゆるポータルがほとんど見当たらない(msnをどうとらえるかは意見が分かれるところではあるが、もともとそのリーチは巨大なブラウザ・シェアに依存していたと考えると、「ポータルとしてビジネスを築いてきた」というにはいささか抵抗がある)。

 上位にあるのは、膨大な個人ホームページの集積としてのISP(インターネット・サービス・プロバイダ)のサイトと、「おしゃべり」の集積としてのコミュニティ・サイトばかりである。この状況は、オーディエンス・メジャメントの故郷であるアメリカのそれとはまったく異なった様相を呈しているのである。

 “もともと、いわゆるメディアには「パーソナル・コミュニケーションを支える」側面と「エンターテインメントやジャーナリズムを支える」側面がある”とソシオ・メディア論を展開する東京大学の水越伸助教授は分析しているが、水越氏の指摘によると、かの「電話」ですら19世紀の黎明期には、シアター・フォン、エレクトロ・フォンなど後者の用途がフィーチャーされた時期があったようである。

 また、歴史社会学からメディアにアプローチする、同じく東京大学の佐藤健二助教授は、大正期、特に関東大震災の模様を全国に伝えたジャーナリズム的メディアとして、「絵はがき」が機能していたことを明らかにしている。

 一般社会に出現したメディアとして数年のキャリアしかないインターネットはどうかというと、まだパーソナル・コミュニケーション・ツールとしての機能と、ジャーナリズム機能が未分化であるといえなくもない。

 ただ、このままパーソナル・コミュニケーション・ツールとしての側面が強くなっていくことは、これまでのポータルやバーティカル(各分野に特化した)コンテンツ・サイトのアプローチとしては厳しい状況であることは否めない。

 ポータルの提供する情報機能やコンテンツには、維持するのにそれなりの原価がかかる。ユーザーの目が情報そのものの価値に向かわず、「おしゃべり」にのみ時間を費やすようだと、ここ1、2年の間に投下された膨大な資金を、アクセス規模によって支えられている広告収入により回収するのは困難であろう。結構深刻な事態である。

 この事態は、情報提供者であるわれわれの努力がまだ足りないのか、それともアメリカ市場と異なる日本のオーディエンスの「情報」に対する特別な態度の表れなのだろうか。目の離せないところである。

Profile

水島 久光(みずしま ひさみつ)

株式会社 インフォシーク 編成部長

mizu@infoseek.co.jp

1984年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭通信社にて、ダイレクト・マーケティングを手がける。1996年にはインターネット広告レップ「デジタルアドバタイジングコンソーシアム」の設立に参加し、インターネット・マーケティングに関する多くのプロジェクトに携わる。そのうちの1つ、情報検索サービス「インフォシーク」の日本法人設立準備にあわせて旭通信社を1998年10月に退社し、「インフォシーク」を運営していたデジタルガレージに入社。1999年6月、インフォシークの設立後、現職に着任。現在、日本広告主協会傘下のWEB広告研究会広告調査部会幹事も務めている。日経BP社『ネット広告ソリューション』インプレス『企業ホームページハンドブック』(いずれも共著)。


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