
ヤンマーグループの一員であるヤンマーグリーンシステム株式会社は、米・麦・大豆の乾燥・貯蔵施設や、野菜・果実の選果施設などを手がける農業施設メーカーだ。農業施設の設計・施工からアフターサービスまでを一貫して担い、収穫後の農作物が食卓に届くまでの「食料インフラ」を支えている。
一方、社内にはIT専門部門がなく、グループ共通システムでは対応しきれない業務を紙や手作業で補う運用が続いていた。こうした状況から、現場には手間のかかる業務が残り、新しい仕組みへの期待も生まれにくくなっていた。
そこで、経理業務の経験を持ち、ITを専門としていなかった早坂翼氏が中心となり、2023年に若手3人のDX推進チームを立ち上げ、申請書60種類以上の電子化、年間約600時間の業務時間削減を実現した。
DXを進めるうえで重視したのは、技術そのものではなく、社員が安心して参加できる環境づくりだった。RPAやAIといった技術をあえて前面に出さず、デジタルキャラクター「John」を社員とデジタルの橋渡し役として展開。難しい言葉を親しみやすい表現に置き換えることで、社員一人ひとりがデジタルを身近に感じ、気軽に相談しながら新たな取り組みに挑戦できる環境づくりを進めてきたという。同社DX推進チームリーダーの早坂翼氏に取り組みの全容を聞いた。
抱えていた課題
- グループ共通システムでは対応しきれない業務を紙や手作業で補っており、申請・承認業務に手間がかかり、現場の負担となっていた
- 現場の困りごとを、必要なタイミングで改善やシステム化につなげにくい状況があった
- 効率化の目的や効果が十分に伝わらず、新しい取り組みへの理解や参画が広がりにくかった
効果と対策
- 60種類以上の申請書を電子化し、年間約600時間の業務時間削減を実現
- デジタルキャラクター「John」を通じて、社員がデジタルを身近に感じ、DXチームへ相談しやすい環境が生まれた
- 「成功体験」を糧に若手メンバーがAI活用まで自発的に関心を広げている
共通システムだけでは解決できない現場課題が、若手中心のDX推進チームを生んだ
| 社名 |
ヤンマーグリーンシステム株式会社 |
| 所在地 |
兵庫県伊丹市(本社) |
| 従業員数 |
161人(2026年7月時点) |
| 拠点数 |
全国15拠点 |
| 事業内容 |
農業用乾燥・貯蔵・選果施設の設計・施工・販売・アフターサービス |

ヤンマーグリーンシステム株式会社 企画部企画グループ DX推進チームリーダーの早坂翼氏
──ヤンマーグリーンシステム様の事業と、早坂様のミッションを教えてください。
ヤンマーグリーンシステム株式会社 企画部企画グループ 早坂翼氏(以下、早坂氏):ヤンマーグリーンシステムは、世界で初めてディーゼルエンジンの小型実用化に成功したヤンマーグループの一員です。
ヤンマーと聞くと、トラクターやコンバイン、田植え機などの農業機械を思い浮かべる方が多いと思いますが、弊社は収穫後の「ポストハーベスト」分野に特化した農業施設メーカーです。米・麦・大豆の乾燥・貯蔵施設や、野菜・果実の選果施設の設計、施工、アフターサービスを手がけています。
私の役割は、現場の困りごとや会社の課題を捉え、デジタルの力を使って、より良い業務や組織の仕組みに変えていくことです。その際、デジタルを一部の詳しい人だけのものにせず、社員一人ひとりが身近に感じ、安心して活用できる環境づくりを大切にしています。現場との対話を重ねながら、社員が自ら「やってみたい」と思い、変化に参加できる取り組みを進めています。
──DXに取り組もうと考えたきっかけ、背景を教えてください。
早坂氏:きっかけは、現場の困りごとを会社の課題として捉え、改善につなげる仕組みが十分に整っていないと感じたことです。社内にはIT専門部門がなく、グループ全体のIT戦略やシステム開発を担う会社はあるものの、各社固有の課題へ必要なタイミングで対応することは容易ではありませんでした。現場で課題が見つかっても、改善の企画やシステム化までに時間がかかり、声が形になりにくい状況がありました。
中でも申請・承認業務には、グループ共通システムだけでは対応しきれない部分があり、紙や手作業で補う運用が残っていました。担当者の経験や“コツ”に頼る工程も多く、新しいメンバーへ引き継ぐたびに、業務の仕組みそのものを見直す必要性を感じていました。
2019年の着任以降、こうした現場課題に向き合う中で、単にシステムを入れるのではなく、課題を整理し、業務の仕組みから変えていく体制が必要だと考えるようになりました。その考えを形にしたのが、2023年に立ち上げた、若手を含む3人のDX推進チームです。最初のテーマには、全社員が変化を実感しやすい社内申請ワークフローを選びました。
DXを「全社員が使うシステム」から始めた理由
──最初の取り組みとして社内申請ワークフローの電子化を選んだのはなぜですか。
早坂氏: 全社員に、デジタルで仕事が良くなるという最初の成功体験を届けたかったからです。社内申請ワークフローは、多くの社員が日常的に利用します。申請する側は手続きが簡単になり、承認する側は外出先からでも対応できる。立場によって得られる効果は異なりますが、それぞれが変化を実感できるテーマでした。
DXを継続して広げていくには、最初の取り組みで効果を実感してもらい、次の取り組みを応援したり、自ら参加したりしてくれる「DXのファン」を社内に増やすことが大切だと考えました。そのため、全社員に関係し、効果が伝わりやすい社内申請ワークフローを最初のテーマに選びました。
製品選定では、グループ内ですでに「X-point Cloud」を利用している会社があることを知り、その事例を参考にしました。私たちは、ゼロからすべてを考えるのではなく、「真似できるところは真似する」ことを大切にしています。ただし、そのまま取り入れるのではなく、弊社の業務や社員の使いやすさに合う形へ置き換えられるかをチームで検討し、採用しました。
──DXを社員に浸透させ、「DXのファン」を増やすために工夫したことがあるそうですね。
早坂氏:はい、まず、難しいカタカナ用語やアルファベットの略語をできるだけ使わず、社内で普段使っている言葉に置き換えることを意識しました。デジタルに詳しい人には当たり前の言葉でも、そうでない人にとっては、それだけで参加のハードルになってしまうからです。
以前、クラウドについて説明する場面で「AWS(*)では……」と専門用語を使ったところ、聞き手に内容が伝わりにくくなっている様子を見たことがありました。そうした状況はつくりたくないと考えたのです。変化への抵抗感は、説明に使う「言葉」によって強まることがあります。逆に言えば、言葉を変えることで受け止め方も変えられるのです。そこには特に気を配りました。
*:AWS(Amazon Web Services)は、Amazon Web Servicesが提供するクラウドコンピューティングサービスの総称。サーバ、ストレージ、データベース、AIなど200以上のサービスを、必要に応じて従量課金で利用できる。自社で物理サーバなどを保有・管理する必要がなく、初期投資を抑えながらシステムを迅速に構築できることを特長に、スタートアップから大企業まで幅広く利用されている。
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社員とデジタルをつなぐ、デジタルキャラクター「John」
──犬をモチーフにしたデジタルキャラクター「John」として展開したそうですね。どんな狙いがあったのですか。
早坂氏:RPAやAIといった言葉は、ITをある程度分かっている人でないと、意味が伝わりにくい場合があります。そのため、技術の名前や製品名をあえて前面に出さず、デジタルキャラクター「John」として展開することにしました。
犬は、丁寧に教えることで、少しずつできることが増えていくじゃないですか。デジタルの仕組みも同じで、手順を丁寧に教える、つまり正しく設定することで、思ったように動いてくれます。
そこで思ったのです。「機械やシステムの説明は、時に難しくなったり、強く言いすぎたりしてしまうこともある。でも、犬に教えるつもりなら、優しくなれる」と。
システムが止まっても、「Johnが今日は少し体調が悪いみたいで」と言えば、「そういうこともあるよね」と受け止めてもらいやすくなります。「機械が壊れた」「システムの不具合です」と伝えるよりも、社員との会話が生まれやすい。言葉一つで現場の抵抗感がスッと和らぎ、分からないことや困ったことを相談しやすい空気に変わるのです。Johnを通じて、デジタルに対する心理的なハードルを下げ、新しい取り組みに参加しやすくすることが狙いでした。
──確かに、「John」ならば何か許せてしまいます(笑)。「現場の抵抗感」の中でよく課題に挙がる「社員のやらされ感」をなくすために、どんな動き方をしたのでしょうか。
早坂氏:現場や各拠点へできるだけ足を運び、社員との対話を通じて、不満や困りごとを直接拾うように努めました。そのうえで、「こんな課題がありますが、これならできそうですよ」とこちらから声をかけ、気軽に相談してもらえる空気をつくることを意識しました。DXチームが相談を待つだけではなく、現場へ出向いて能動的に動く姿勢が伝わったことで、社内から自然と「こんなことをしたいのですが、どうすればよいですか」と声をかけてもらえるようになりました。
やはり、「やらされている」と感じる状態では、DXは広がりません。現場の困りごとから始め、社員と一緒に解決策を考えることで、「自分たちの仕事を良くする取り組みだ」と感じてもらうことが大切です。こうした動きを始めて半年もしないうちに、DXチームへ自発的に相談してくれる社員が増えていきました。
DXへの抵抗感を和らげる「人」と「言葉」の力
──DXの取り組みの具体的な成果を教えてください。
早坂氏:社内申請ワークフローの取り組みでは、X-point Cloudを活用して紙申請書60種類以上を電子化し、年間約2000件の申請処理にかかる業務時間を約90%削減しました。その結果、年間約600時間の業務時間削減を実現しています。一方、デジタルキャラクター「John」は、社員とデジタルをつなぐ橋渡し役として展開しており、今では社内で親しまれる存在になっています。
当初は人事総務系の申請書から始めたX-point Cloudも、現在は営業系の案件書類まで活用範囲が広がっています。案件番号を入力するだけで基幹システムの顧客情報が自動入力されるデータ連携も実装済みで、蓄積データをBIツールで分析・可視化する取り組みも、現在(2026年8月時点)構築中です。
X-point Cloudの導入を主導したチームの若手メンバーをはじめ、他の社員にも、成功体験をきっかけとしてAIの積極的な活用にまで関心が広がっています。やらされて取り組むのと、自らやりたいと思って取り組むのとでは、生まれる力がまったく違います。成功体験が、次の挑戦への燃料になっています。
──今後の展望は。
早坂氏:今後は、DXによる変革を、バックオフィスから農業施設、さらにヤンマーグループ全体へ広げていきたいと考えています。まず農業施設では、IoT機器やデータを活用し、営業拠点から離れた施設をネットワークでつなぐことで、遠隔から監視やサポートができる環境づくりを進めていきたいです。距離に左右されず、お客様や現場を支えられる仕組みをつくることが次のテーマです。
同時に、弊社が長年培ってきた技術を、次の世代へ確実につなぐことも重要です。ベテラン社員が持つ経験や感覚、判断の基準といった暗黙知をデータとして残し、個人の知見から会社の知見へ変えていきたいと考えています。
そして、こうした経験を弊社の中だけにとどめず、ヤンマーグループ内で共有していきたいです。AIの進化が速い中、3人のチームだけで検証を続けることには限界があります。だからこそ、グループ内で情報を発信し合い、成功したことだけでなく、うまくいかなかったことも共有できる場と仕組みをつくりたい。各社の知見をつなぎ、グループ全体のDXを前に進める役割を担っていきたいと考えています。
──IT専門部門のない組織でDXを進めようとしている担当者へ、アドバイスをください。
早坂氏:DXを進めるうえで、まず向き合うべきなのは技術ではなく、自社の状況や課題です。さまざまな情報や先行事例から学び、「真似できるところは真似する」。ただし、最後は自社の現場に合わせてかみ砕き、使える形に変えることが必要です。
特に変化の激しい時代には、正しい仕組みを導入するだけでは十分ではありません。その変化を社員がどのように受け止めるのかを考え、納得感や理解を得られる状況をつくることが重要です。そのために欠かせないのが「言葉」と「伝え方」です。「John」のように親しみやすい入口をつくることも、相手の立場に合わせてメリットを伝えることも、すべて社員に一歩踏み出してもらうための工夫です。私たちは一貫して「人」を軸にしてきました。現場の社員が「面白そう」「やってみたい」と感じたときに生まれる推進力は、計り知れません。
DXは、最初から大きな仕組みをつくることではなく、人の気持ちが動くきっかけをつくることから始まるのだと思います。
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