麻倉氏: 大手レーベルのハイレゾ配信は、2011年にe-onkyo musicでQUEENのアルバムがDRM付きで配信されたことで始まりました。続いてユニバーサルミュージックをはじめ、ワーナーやJVCが参入しましたが、去年まではどちらかといえば“過去の名作”コンテンツのリマスター版がメインでした。特にクラシックやジャズです。
理由はいくつかあって、ハイレゾ楽しむ人はクラシックやジャズの愛好家が多かったこともありますし、いつの時代でも価値のあるコンテンツが楽しまれるのも変わりません。S/Nが高い、これらの音源はハイレゾ向きです。一方、レコード会社にしてみればDRMなしの配信には一抹の不安があり、最新作の配信にはなかなか踏み出せませんでした。しかし昨年4月の著作権法改正で不正アップロードに関する処罰が厳格化され、レコード会社の背中を押すことになります。
また、昨年秋にはソニーも大々的なハイレゾキャンペーンを行い、ロゴマークを作り、ハイレゾ対応ウォークマンを発売してハイレゾのユーザーをオーディオのマニア層から一般層まで広げました。最近では、CDと同時にハイレゾ音源配信を開始するといった試みも始まり、一方ではハイレゾ配信のために新たに録音するといった動きも出てきています。
麻倉氏: 私が注目したのは、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が「ベルリン・フィル・レコーディングス」というブランドで自主レーベルをスタートさせたことです。アーティスト自身がレーベルを立ち上げる動きも顕在化しており、これまでにもバイエルン国立管弦楽団やフィラデルフィア管弦楽団などの大手楽団が自主レーベルを強化してきましたが、その中では最近のもっとも大きい話ではないでしょうか。
――なぜ自主レーベルに力を入れるのですか?
麻倉氏: 理由の1つに、メジャーレコード会社が従来よりクラシックに対して積極的ではなくなったことがあります。楽団関係者に聞くと、近年はベートーヴェンやモーツァルトの交響曲などの“王道クラシック曲”の新規録音が減り、危機感をおぼえてるそうです。また従来はパッケージソフトがCDだけだったので、自分たちでやるには資本が必要でしたが、ネット配信という手段が登場して楽団も自主レーベルを展開できるようになったのです。
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、2011年から「デジタルコンサートホール」というVOD形式の動画配信サービスを提供していますが、現在では世界に2万人のアクティブユーザーを抱え、そのほかメール会員は100万人もいるそうです。先行投資して映像ソースや音源をそろえたことが成功につながりました。
私が感動したのは、ベルリン・フィル・レコーディングスがパッケージメディアへのこだわりを持ちながら、新しいデリバリーシステムとしてのハイレゾ配信――とくにマルチチャンネル音源の作成に取り組んでいることです。
――パッケージもあるのですか?
麻倉氏: そうです。第1弾の「シューマン 交響曲全集」(サー・サイモン・ラトル指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団)は、6月下旬に発売されます。国内ではキングインターナショナルが扱い、輸入版に日本語パンフレットを挿入して販売するそうです。
パッケージは布張りハードカバーで、中にはCDとBlu-ray Disc、そしてハイレゾ配信のダウンロードチケットが入っています。BDは、ハイビジョンのライブ映像(音声は2chとDTS-HD MAの5.0ch)、96kHz/24bitの2ch、DTS-HD MAの5.0チャンネルが入ったBDオーディオ。配信では192kHz/24bitのWAV(2ch)とFLAC(5.0ch)がダウンロードできます。
麻倉氏: 物理メディアとデジタル配信の両方で2chとマルチchをそろえたのは、1つのコンテンツとしては初めてではないでしょうか。去年、キューテックが同一タイトルをCDやアナログLP、オープンリールといったメディアで1つのパッケージにした「THE EARTH」(ジ・アース)を出しましたが、ハイレゾ配信はありませんでした。ファンにとってはそれぞれの音の違いを楽しめるので、パッケージメディアのマーケティングとしても有効でしょう。
パッケージそのもののデザインもアーティスティックです。昨年、楽団はシューマンをテーマにしていたのですが、シューマンの躁鬱なところを象徴するものとして、瓶の写真を何カ所にも入れています。この瓶はマイセンと並ぶ有名な工房に頼んで作ってもらったそうです。
サイズも特殊です。今の時代では奇異な印象ですが、実はこれ一番安定感のある“黄金比”で、そこに価値観を見いだしているのです。価値のあるパッケージを作り、ユーザーの所有欲を満たす。欧米ではパッケージ販売そのものが減っていますが、そんな中にあって、しっかりしたものを作ったと思います。
麻倉氏: そして音も素晴らしい。イチオシのコンテンツは始めから192kHz/24bitで収録したそうです。CDに入っているのはダウンコンバートですが、しなやかで麗しい音がします。しかし一番良いのは、FLACの5.0ch。ベルリン・フィルハーモニーホールのちょうど正面にある2階席で演奏を聞いている印象です。前方にオーケストラが広がり、後ろの広がりも自然、ベルリンフィルのホールは天井が広がっているのですが、その上への広がりが分かります。やはり5.0chになったときの音場と緻密(ちみつ)さはすごいですね。
これまで、クラシックのマルチチャンネルソースはDTS-HD MAが多く、FLACは意外と珍しかったのですが、同じロスレスでも配信のFLACは本当に素晴らしいと思います。昨年までは2chがメインでしたが、今後はマルチチャンネルのハイレゾもトレンドとなるのではないでしょうか。そう感じるほど素晴らしいと思いました。
非常に現代的でありながら、同時に従来からの音楽パッケージの楽しみ方も満たしてくれるタイトルが登場したと思います。これが新しいひとつの流れです。次回はもうひとつの流れについて話していきましょう。
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