2006年4月にワンセグの本放送が始まってから2年――。今やワンセグは、ケータイにほぼ標準装備される機能となり、端末ラインアップが増加し続けている。また、法改正により4月からサイマル放送が解除されるなど、新たな動きも出始めている。これに伴い、日本テレビはナイターの延長戦をワンセグ独自で放送するトライアルを開始し、NHKは来春から教育テレビでワンセグの独自放送を開始すると発表した。
家庭の据え置き型テレビとは視聴スタイルもニーズも異なる“ワンセグ”という新サービスを手がけたテレビ局は、この2年間で何を得て、それを今後の放送にどう生かそうとしているのか。NHKでデータ放送や通信連携サービスを手がける編成局 デジタルサービス部の田中寛副部長に、ワンセグ開始からこれまでの歩みと今後の展開について話を聞いた。
ITmedia ワンセグの本放送が開始されてから、2年が経過しました。まずは率直な感想をお聞かせください。
田中氏 ワンセグは実に面白いメディアです。着実にユーザーに受け入れられ、興味を持たれていると実感しています。
個人的な見解になりますが、帰宅途中の夜24時台に山手線や中央線の車内を観察していると、ユーザーが着実に増えているのが分かりますね。NHKは24時台に「EYES」という若者向けの番組を編成しており、こうした番組の車内視聴が増えることを期待しています。
ワンセグが開始された2006年当時は、サッカーワールドカップの生中継を19時台と深夜に放映していましたが、19時台に街に出てあたりを見回しても、ケータイで見ている人がいなくてがっかりした記憶があります。NHKから渋谷駅のホーム、さらに新宿駅まで足を伸ばしてワンセグを観ているユーザーを捜して、ようやく見つけたと思ったら、当時ボーダフォンが発売していたアナログテレビだった――というくらい、ワンセグ視聴者がいなかった(笑)
ITmedia この2年間、どのタイミングでユーザーの手応えを感じましたか
田中氏 放送当初は“そう簡単に反応はこない”ことを実感したのですが、その後の2年間は、ユーザーが着実に増えている印象を受けます。
特に顕著な手応えを感じ始めたのは、去年の春ぐらいです。私たちは、年末の紅白歌合戦で番組に連動したデータ放送を配信しているのですが、1年目と2年目とでは視聴者の反応が明らかに違いましたね。2007年末の紅白は、しっかりとした手応えがありました。
データ放送はBS、地上波12セグ、ワンセグで提供していますが、ワンセグのデータ放送のリアクションが大きく動き始めています。日々の動きで見ると微々たるものでしかありませんが、1年単位で区切ってみると、リアクションは変化しており、ニーズも増えている。地上波12セグとケータイサイトとワンセグでは、少しずつ使い方が違うようです。法則があるのか、たまたまなのか傾向があるのかは分析しながらやっている状態ですね。
ITmedia ワンセグのデータ放送ならではの観られ方というのがあるのでしょうか。
田中氏 ワンセグは、視聴者が本当に「刹那的」なんです。“一瞬、一瞬が勝負”といったところでしょうか。実際、ワンセグの番組に連動しないデータ放送(独立情報)は、ケータイサイトよりも緩慢な動きになっています。
テレビ放送の番組と組み合わせたデータ放送を行うと、番組内で呼びかけるまでは何のリアクションもなかったりするのですが、出演者が呼びかけるとその瞬間にどーんとアクセスが来て、放送が終わるとアクセスもすぐに終わる――ということがある。これは面白い動きですね。地上波12セグでも通信連携をやっていますが、ワンセグはそれよりも緩急の差が激しい。ワンセグは、来るときは来る、来ないときは本当にこないんです。これまで私は、ディレクターやプロデュースに近い仕事に携わってきましたが、こんなに“見られ方の難しいテレビ”はないと思います。
今までのテレビ番組というのは、番組が00時00分から始まって44分30秒に終わる場合、テレビ局側としては『一瞬たりとも逃さずに見てもらいたい』という思いで番組を作っています。しかし、今の視聴者は『ながら視聴』をしているので、飽きさせないように5分に1回、盛り上がる場面を作って、視聴者をステイさせようとする。もし、飽きて(他のチャンネルに)逃げてしまっても、帰ってきてもらえるようにするんです。
しかしワンセグは、その場で“つまらない”と思ったら、帰ってこない人が多い。つまり、これまでのテレビの常識が通用しないわけです。そういうことを考えなければならないのが難しくもあり、面白くもありますね。
ITmedia “ワンセグだからこそ”の課題というのはどんなところでしょうか
田中氏 据え置き型のテレビというのはある種、視聴者の間で『絶対時間の共有』があるわけです。だからこそ、使えるモノやパワーもある。一方のワンセグは、同じテレビなのですが、“オンデマンド型のニーズに寄ったテレビ”ともいえます。しかし、そもそもがケータイなので“必要な時に観る”だけで、暇なときにつける性格のものではない。
BSなどの新チャンネルが立ち上がったときは、最初はネタで引っ張って視聴者に観てもらうことから始まります。“いかにチャンネルをつけてもらうか”が重要で、そこから日常的に視聴者になってもらうための道筋がある。しかし、いまのワンセグはそうは行かない。まさに、編成論につきあたっているような気がします。
もう1ついえるのは、NHKという公共放送の社会的使命を果たす必要があるということです。民放は民放で、ビジネスとして回さなくてはならない。またワンセグは、2次リンクへ飛ぶと、テレビ映像が消えてしまうので、そこも考える必要があります。
今は編成論と公共放送論が入り乱れており、それらの答えを導きだすのが現場のテーマになっています。
ITmedia ユーザーのワンセグの視聴スタイルを調べてみると、自宅で据え置き型のテレビを観ながら、さらにワンセグ経由でテレビ局のサイトにアクセスする――というポータル的な使い方もあるようです。そのあたりは、放送局としてどのように考えているのでしょうか。
田中氏 “テレビを見てもらえる窓”が増えたのはいいことだと思っています。リモコンを押す意志よりも、サイトに接続してもらったほうがいいですし。ただ、“第2のテレビ”として見てもらえるのは歓迎すべきことですが、それをきっかけに大きなテレビで観てもらいたいというのはあります。
ITmedia もう1つ、ユーザーからの本音を言わせていただくと、AQUOSケータイやVIERAケータイの使い勝手からも分かるように、どうしてもディスプレイは横にして見てしまいがちです。テレビ局が用意しているデータ放送はあまり見られていないような気がするのですが、こうした視聴動向をどのように見ていますか。
田中氏 データ放送であろうと横画面であろうと、自局を視聴してもらえる機会が増えたのは歓迎すべきことです。
たしかにデータ放送へのリターン率やアクセス率が気になるのは事実ですが、それも“ワンセグを観てもらわないこと”には始まりません。
“諦めている”というのではなく、まずは縦であろうが横であろうが、NHKを見てもらいたいというのが本音で、そこからこの先を考えたい。だからこそ、もっと見てもらうための工夫はしていきたいですね。
ITmedia ユーザーに画面を縦にして使ってもらう“秘策”はありますか。
田中氏 まずは、縦にするニーズを作っていくつもりです。縦にすることを日常にしていくためにどうするかは次にくる課題です。
例えば2007年末の紅白歌合戦では、司会者の住吉美紀アナウンサーに「投票をお持ちしています。ワンセグを縦にしてください」と言ってもらいました。そこでデータ放送に誘導して投票を促したわけです。これは視聴者の反応もよく、成功例といえるでしょう。“必要な情報を個々で見られる、自分の必要に応じた情報を見られる”といったことを訴求するのは重要だと思います。
ITmedia NHKの場合、地方局との連携もあるかと思いますが、そのあたりの取り組みはどうなっていますか。
田中氏 NHKは1法人で全国をカバーしており、ここが民放と大きく違うところでもあります。
ここ2年間、ワンセグにおいては全国一律で地域差を作らずに番組を提供してきましたが、3月31日からは地域放送局の独自データ放送を開始しました。これにより、全国と地域情報を組み合わせて観てもらえるようになった。9つのメニューのうち、3つを地方局が上書きできる仕組みです。例えば“福岡はホークス、北海道はファイターズ”といった具合です。
ITmedia データ放送の操作性が、ワンセグ開始当初と比べるとかなり変わっているのですね。
田中氏 今はNHKのデータ放送では、全国と地域のニュースが見えるようになっており、より多くの誘導ができるようになっています。
ワンセグ放送画面の下にある9のアイコンがメニューボタンになっていて、告知やキャンペーンも表示されます。2007年からMLB速報も提供しており、中継がないときにも情報が入ってくるので便利になったのではないでしょうか。
放送の編成にとらわれないコンテンツも表示しており、「まだ整理しきれていないけど、見つけてね」といったところです。
ITmedia 今後、NHKはワンセグをどのように活用していきますか。
田中氏 ドラマなどでは、データ放送経由のアンケートで番組を評価してもらい、番組の演出に生かすという試みもあります。ネットのアンケートと、ハガキで寄せられる意見には違いがあります。ワンセグでは、まずはその場で『今、見てどうだった?』というアンケートをやってみようということになりました。
課題は多々ありますが、NHKとしてはワンセグを、より視聴者のニーズに踏み込んだ、より深いリアクションを求めるツールにしたいと考えています。
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