携帯料金の引き下げを強く訴えてきた前官房長官の菅義偉氏が、内閣総理大臣に就任した。就任時に「日本の携帯電話料金世界で最も高い」と発言し、電波利用料の引き上げにも言及するなど、寡占が指摘されている携帯大手3社によりいっそう強い圧力をかけて料金引き下げを求めるとみられているが、菅氏の方針を受けてこれまで総務省が取り組んだ施策を振り返ると、真の消費者ニーズを捉えられておらず競争が進んでいない様子も見えてくる。
2020年8月28日に前内閣総理大臣の安倍晋三氏が辞任。それを受けて2020年9月16日に内閣総理大臣に選出されたのが、前官房長官の菅義偉氏である。菅氏はかつて総務大臣も務めており、携帯電話業界にとって非常に因縁のある人物であることは、多くの人が知るところだろう。
そのことを世に知らしめたのが、約2年前の2018年8月に、携帯電話の料金を「4割程度下げる余地がある」と菅氏が発言したこと。この発言を受けて総務省が有識者会議「モバイル市場の競争環境に関する研究会」を立ち上げ、その結果として2019年10月に電気通信事業法が改正。スマートフォンの値引きや、いわゆる「2年縛り」などに大幅な規制がかけられたことは記憶に新しい。
だが菅氏はこの法改正をもってしてもなお、料金引き下げに向けては不十分と考えているようだ。菅氏が首相就任直後に実施した記者会見を見ると、「国民の財産の電波の提供を受け、携帯電話の大手3社が9割の寡占状態を長年にわたり維持して、世界でも高い料金で、20%もの営業利益を上げ続けている」ことが、「国民の感覚から大きく懸け離れた数多くの当たり前でないこと」の1つであるとして強く批判している。
そうした菅氏の姿勢を受け、新たに総務大臣に就任した武田良太氏は2020年9月17日の会見で「携帯を使用する時代において、果たして国民が納得する料金であるのかどうなのか。そして、国際的に見て、日本の料金体系はどうなのか。私は、見直す必要があると考えております」と発言。今後も大手3社を主体に、料金引き下げを強く求めていく方針のようだ。
菅氏が一連の発言の根拠としているのは、総務省の「電気通信サービスに係る内外価格差調査」と見られている。この調査で世界主要6都市の携帯電話料金を比較した結果、特に大容量プランの料金が他の都市よりも高い水準にあることを菅氏は問題視しているようだ。電波手数料の値上げに言及したことも報じられるなど、料金引き下げに向け、3社にさらなるプレッシャーをかけようとしている様子がうかがえる。
もちろん市場寡占は望ましいものではないが、だからといって自由化がなされている通信市場に政府が直接介入するのは大問題だ。それゆえ料金引き下げに向けて政府が打つ施策は、基本的に企業間の競争を促進するものが主体になると考えられるのだが、監督官庁となる総務省が打ち出してきたこれまでの施策を振り返ると、競争促進につながっているとはいいがたい。
総務省は、菅総理が総務大臣だった2007年に実施した「モバイルビジネス研究会」の頃より、従来の携帯電話業界の商習慣が料金の高止まりと寡占を生む根源として問題視していた節がある。それは携帯電話を実質0円、1円といった極端に安い値段で販売することで新規契約を獲得し、長期間の契約を前提に通信料を値引く割引施策によって長い間顧客を囲い込むことで、毎月の通信料から端末の値引き分を回収する……というものだ。
それゆえ総務省は、過度な端末値引きと長期契約を禁止して流動性を高めることが、競争促進と料金低廉につながると考えて実現に全力を注いできた。具体的には2015年のSIMロック解除義務化や2016年の端末「実質0円」販売禁止、そして2019年の電気通信事業法改正による分離プランの義務化や端末値引き規制、2年縛りの有名無実化などが挙げられ、2020年の有識者会議「競争ルールの検証に関するWG」を見ると番号ポータビリティの転出手数料無料化に向けた検討も進められているようだ。
だが法改正から約1年が経過した現在、競争は加速し寡占は解消されたのかというと、実態は逆だ。各社の決算内容を見ると、従来の競争軸だった端末値引きの規制で流動性が大きく落ちて大手3社の解約率がいっそう低下した一方、端末販売が減少したことで販促費が減り、むしろ利益は増えている状況なのだ。
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