場所や時間に縛られず、住民や他地域の人たちが互いに刺激し合いながら仕事をする――そんなコンセプトで岐阜県郡上(ぐじょう)市に誕生したシェアオフィス&コワーキングスペース「HUB GUJO」。2017年3月のオープンから約1年半たち、ここをきっかけにさまざまな新規事業が生まれ育っているようだ。
清流・吉田川が流れ、風光明媚な観光地として知られる郡上市。そこで生まれたHUB GUJOの特徴は、Web会議ツール(V-CUBE ミーティング)などを活用し、遠方にある拠点とも連携しながら仕事ができるようになっていることだ。法人/個人を問わず契約でき、これまでに多くの事業者やビジネスパーソンが入居している。
オープン当初は他地域に拠点を持つ企業のサテライトオフィスとしての利用なども目立っていたが、現在のHUB GUJOを取り巻く状況はそれだけにとどまらない。HUB GUJOを中心に、新しくビジネスを起こそうとする人たちが続々と集っている。
都市部から離れた山間地域である郡上の地で、どんなビジネスができるのか。そう疑問に思う人もいるかもしれないが、HUB GUJOを中心に生まれ育っている新規事業は実に多様だ。地域の資源を生かしたビジネスから、IT・ネットを活用したサービスまで、さまざまな取り組みが行われている。地域の子どもたちにロボットプログラミングを教える「郡上ロボットクラブ」もその1つだ。
郡上ロボットクラブで代表を務める宮崎倫明さん。都内の大手IT企業に新卒入社した宮崎さんは、ネットワークエンジニアとして製品の開発・製造から保守までを一通り経験。約15年にわたって都市部でエンジニア人生を送ってきた。
そんな宮崎さんが東京を離れることを決めたのは、家族のためだ。「お金に困らない生活をしていても、家族と触れ合う時間は少なく将来何も残らない不安がありました。苦労はしても、家族と共にのびのびと地方で暮らすほうが自分に合っているのでは」――こう考え、妻の出身地である郡上市への移住を決意した。
郡上で子育てを始めて感じたのは「分野によっては子どもたちの学ぶ環境が整っていない」ということだった。「ものを作る仕事をしている私の影響からか、息子もロボットプログラミングに興味を持ち、都内在住時にはコンテストなどにも参加していました。しかし郡上にはそうした環境がなく、人の多い他地域まで出なければいけなかったんです」
「郡上でもロボットプログラミング教室ができないか」。そう考えていた宮崎さんに、あるとき出会いが訪れた。宮崎さんの子どもの他にも、郡上市から近隣地域のロボットプログラミング教室に参加していた子がいたのだ。「その子のお母さんと『郡上でも子どもがロボットをできるところがあればいいのに』という話になって。自分たちの子ども以外にも、やりたいけどできない子は結構いるはず、と言われたんです」
IT企業で長年活躍していた宮崎さん。子どもにロボットプログラミングや電気工作を教えるだけの自信はあった。環境がないなら、自分で作ればいい――そうして2017年5月、宮崎さんが講師を務める「ロボットプログラミング講座」と「電気科学工作教室」が郡上市でスタートした。
参加希望者は、地域の学校でチラシを配って募集した。ただ、東京から移住してきた宮崎さんに地域の知人はほぼいなかった。「本当に来てくれる子どもがいるのか」。そんな不安は杞憂に終わった。最初に相談に乗ってくれた子どものお母さんから、母親同士の口コミで話題が広がり、10人の募集に対して初回で13人もの子どもが集まったのだ。
予想以上の手応えを感じ、次の9月の募集からはチラシを配る学校数を増やして生徒を募集した。そして、このときに配っていたチラシが、思いがけない出会いを生んでいた。
「私が1人で運用していた郡上ロボットクラブのTwitterアカウントに、珍しくフォロワーがついたと思って調べてみると、市内の人、しかもHUB GUJOという団体のメンバーだったんです。ちょうど数日後にHUB GUJOで交流イベントがあることを知り、軽い気持ちで訪れてみると、代表の方から『私たちも郡上でIT系の教育を広げる活動をしているんです。ぜひ一緒にやりましょう』と言ってもらえて」(宮崎さん)
これをきっかけに、宮崎さんはHUB GUJOを拠点にすることに。Wi-Fiや3DプリンタなどのIT環境を使えるようになったことに加え、入居による思わぬメリットもあった。HUB GUJOの紹介で、郡上市の教育委員会とのつながりを強めることができたのだ。
「この活動には学校や市との協力が不可欠だと思っていましたが、住んでいる地域の学校はともかく、個人が市とつながりを持つことは難しいんです。一方、もともと市とのコネクションがあるHUB GUJOなら話をしやすい。ぼくのような何のゆかりもないようないち市民でも、HUB GUJOがあったからこそ市役所とつながれました。1人で始めた活動でしたが、2年目にして地域への拡大に向けて教育委員会と議論できているのはHUB GUJOのおかげです。まさに地域との“ハブ”でした」(宮崎さん)
2017年5月に始まったロボットプログラミング講座は、同年10月に後期講座がスタートし、参加者は22人まで増えた。それまで他地域でしか開催されていなかったロボットプログラミングコンテストの地区大会が開けるほどの規模になったのだ。翌年の2018年5月には2年目の前期講座がスタートし、さらに生徒は増えつつある。
「子どもたちにとっても、好きなことを一緒にできる仲間がいるからどんどん上手になるし、モチベーションも上がります。サッカーや野球を好きな子がジュニアクラブに入って腕を磨くのと同じですよね。スポーツだけでなく、科学という分野でも、好きな子たちが集まれる。そんな場をこれからも提供していきたいですね」(宮崎さん)
HUB GUJOをきっかけに生まれ育っている新規事業はこれだけではない。地域のあちこちから湧き出している天然水を用いた「郡上発!水出しコーヒープロジェクト」や、狩猟免許を持ちながら都市部に住んでいる人と郡上の猟場をマッチングする「クラウドハンター」など、さまざまなビジネスが始まっている。
「正直、ここまでうまくいくとは思っていませんでした」――HUB GUJOの赤塚良成代表はそう話す。施設オープン当初の入居者数はサテライトオフィス5つを含む14事業者だったが、現在では20事業者にまで増え、延べ利用者数は3000人を超えているという。
なぜそれほど多くの人が集うのか。「新しいフィールドに挑戦しようとすると、分野が違う人とつながりたいという思いが生まれるのではないでしょうか」と赤塚さん。「新規事業を興すときは誰でも不安になるもの。でも、ここにいれば同じような不安を持つ仲間たちがいて、情報や悩みを共有でき、勇気がもらえる。前に進む糸口を見つけることができるのかもしれません」と分析する。
HUB GUJOを通じて情報交換をしているのは、入居者や利用者同士だけにとどまらない。施設の完成前から行っている「HACK GUJO」というアイデアソンイベントに加え、2017年からは「GUJO MEETUP」という交流イベントを不定期で開催。HUB GUJO入居者や地域の住人、そして他地域から訪れた人々が、意見や情報を交換できる場を用意している。
こうしたイベントを起点に、ITを活用して郡上市の観光問題を解決するためのプロジェクトも進んでいるという。
「飛騨高山で有名な高山市を訪れる観光客は年間650万人。郡上市も、実は年間600万人が“通過”しているんです。高速道路を使って通過するのに、降りてくれていない。それは単に地域の魅力が知られていないだけかもしれないんです」と赤塚さんは話す。
そこで立ち上がったのが「ICT観光プラットフォーム」という発想だ。「訪日外国人が観光地で頼りにするのはネットの情報。Wi-Fiスポットの場所や地域情報が載っているWebサイトやアプリが見つからないと、観光する場所も、泊まる場所も、食事をする場所も分かりません。郡上市には印象的でディープな魅力があふれているのに」(赤塚さん)。そこで、ローカルな観光情報を詳しく得られるアプリを提供すれば喜ばれるだろう、というわけだ。
さらに、アプリで得た利用者データを活用し、よりよい観光サービスの提供に役立てていく構想だ。「アプリを通じ、観光客がいつ、どこに、どれだけの時間滞在したかが分かれば、新しいサービスに生かせるはず。例えば『この交差点にこういうお店があったほうがいい』とか『観光客向けにこんなサービスがあったらいいのでは』といった新しい事業の手掛かりを見つけられるかもしれません」(赤塚さん)
HUB GUJOが地域と連携して進めている取り組みは他にもある。例えば、児童数が極端に少ない「極小規模校」をテレビ会議システムでつなぎ、合同授業をするという取り組みも、HUB GUJOがシステム提供元のブイキューブとともに郡上市教育委員会に提案して生まれたものだ。
さらに今後、郡上市からリモート会議システムの活用で、郡上市の人材不足問題を解決するプロジェクトも生み出せるかもしれない――と赤塚さんは見込んでいる。
「郡上市には大学がありません。進学のため、毎年約400人の若者が高校卒業と同時に郡上市を離れてしまうんです。でも、ここに仕事があれば帰ってきてくれる可能性は十分ある。そのためにも、小中学校時代にプログラミング教育を受ける機会を設け、高校時代にHUB GUJOのことを知ってもらい、県外の大学に進学後、Web会議などを通じて郡上の子どもたちにプログラミングを教える“リモートアルバイト”をしてもらう。そうすることで、地域とのつながりを維持できると思うんです」
「若者たちが、郡上に新しい価値を生み出すコミュニティーがあることを忘れないでいてくれれば、いつか戻ってきて新たなハブになってくれるはず」と赤塚さん。地域の人や情報をつなぎ、新しいチャンスを生み出し続けるHUB GUJO。地理的な制約や人口減少という“壁”を乗り越え、これからもチャレンジが続いていく。
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提供:株式会社ブイキューブ
アイティメディア営業企画/制作:ITmedia NEWS編集部/掲載内容有効期限:2018年10月9日