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現代の“浮世絵“か 平版式の凸版印刷機だから表現できた「STICKER & DESIGN STORE」のステッカー分かりにくいけれど面白いモノたち(4/4 ページ)

» 2025年09月25日 16時45分 公開
[納富廉邦ITmedia]
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 つまり、木版による凸版印刷の極細ラインの表現が、その当時の凹版印刷である石版を凌駕していたということ。さらに、現在、美術品などの印刷に使われている元祖写真製版「コロタイプ印刷」になると、さらに線はエッジを失い、やや甘い印象になる。コロタイプも感光液を塗ったゼラチンにできる“しわ”を版として印刷するのだから、一種の凹版印刷である。ただ、網点で印刷する訳ではない分、オフセットに比べると線や塗りはきれいだ。

 そうして、量産性と品質とコストのバランスに最も向いたオフセットの時代がやってくるのだけど、それは量産性と引き替えに、線のシャープさ、クッキリした鮮やかさを失っていくことになる。その変化が鰭崎英朋展でハッキリ分かったのだ。それを実際に見ていたから、初めてSTICKER & DESIGN STOREのステッカーを見た時、衝撃を受けたのだと思う。ここに、江戸の技術を違った形ではあるけれど継承した製品がある、と感じたのだろう。

赤と青の二色刷りステッカー「タラバガニ」の版が重なっている部分の拡大図
さらに拡大したところ。ここまで拡大しても網点は見えない(当たり前だが)。そして、版が重なることで、独特の味わいが生まれることも分かる

 そう思って、ステッカーを見ると、例えば二色刷りの「タラバガニ」の、青の版と赤の版が重なっているところなど、いかにマエダ特殊印刷の版作り、インクの調整、機械の調整が繊細に行われているかが分かるような気がする。インクも手で練って作っているそうなので、版の重なり具合なども、しっかりとコントロールされているのだろう。

 公式サイトを見ると、赤と青の版のそれぞれを、同じインクの版の中でも濃度を変えて重ねて刷ることで、立体感を表現したグラフィカルな作品なども載っている。これなどは、ほとんど浮世絵版画と同じような発想と技術に見える。

 線を線のまま紙に転写する平版の凸版印刷は、材料こそ木ではないけれど、原理としては同じ。点ではなく線で表現する印刷技法だ。しかも、大量生産を考えないのであれば、かなり繊細な表現が可能になる。

 そして、量産品ではないといっても、一点ものではない、印刷物だから、普及価格で売れるし、手間さえ惜しまなければ、ある程度の数は作れる(そして、厳密な意味では全く同じものは無い)。

凸版印刷でも、こんな風に、版で点を作ることで、網点的な表現も出来るし、面で刷ることでインクむらやグラデーション表現も可能

 一点ものは価格的にも上がるし、気軽に使いにくいから、さすがにステッカーにするのは難しい。一方で、印刷の品質にこだわらなければ、家庭のプリンターでだってシールは作れてしまう。絵柄もAIに描かせれば、絵が描けなくたってオッケーだ。

 今や、アートでなければ素人が量産だって可能な時代になった。もはや大量生産なら「印刷」という行為自体がコストパフォーマンスの悪いレガシーな技術だろう。それもまた、悪いことではない。

ステッカーの周囲に書かれている小さな文字を拡大してみた。このエッジの立ち方が凸版印刷の本領。同じく網点を使わないシルクスクリーンやリソグラフ印刷でも、ここまでのクッキリした線はなかなか出せない

 とはいえ、STICKER & DESIGN STOREの製品を見れば分かる通り、モチーフの面白さ以上に、ステッカーとしての魅力は配置やレイアウトなどのデザインにあることは誰にだって分かる。そして、モチーフに合った印刷がされていれば、そのカッコ良さはさらにアップする。

 かつて、浮世絵を見て衝撃を受けたフランスの画家達は、その一部はそこに「黒」を発見し、虚構を取り入れても構わないことを学んで印象派を完成させたけれど、そのさらに一部は、エッチングやリトグラフでは表現が追いつかないと、木版画に走り、日本で技術を学んで名作を残している(新版画に於ける外人作家の作品はどれも凄い。ジョブズも川瀬巴水を買ってる場合じゃなかったんだよ、ほんと)。

 平版の凸版印刷という、あきらかに古い技術は、しかし、その技術でないと表現できないものがあるということを、STICKER & DESIGN STOREの作品は証明していると思うのだ。今や、「みんな大好き」的なものはなくなりつつあるし、Zineや自主出版、アナログレコードにカセットテープなどなど、面白いものは少数生産のメディアの中にあることが当たり前になってきた。そういう時代に、多様な印刷技術も価値の一つになっていくのだろうなと、絡み合うタコのステッカーを見て思う。

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