熊本県に本店を置く地方銀行の「肥後銀行」には、テレビ局にも引けを取らない本格的な放送スタジオがある。窓口業務を行っていた行員がキャスターとして出演する行内向けニュース番組を内製するなど、行内の情報共有に動画を活用する試みを進めているからだ。
行内のスタジオで制作しているのは、1週間分の社内報をニュース番組として仕立てた「Weeklyニュース」と、行員向けの教育動画など。全店にいる行員との情報共有に動画を活用している。
肥後銀行が行内に放送スタジオを作ったきっかけは「コミュニケーションツールとして動画を最大限に活用したい」──そんな“経営陣の想い”だった。
文書の通達で生まれてしまう、理解度の濃淡
肥後銀行が行内放送局の開設を検討し始めたのは2016年のこと。当時の頭取だった甲斐隆博現会長から、「コミュニケーションツールとして動画をさらに活用するように」という働きかけがあった。
それまでも株主総会やイベントの広報業務などで動画を活用する機会はあったが、外部への委託が中心で、情報がタイムリーに伝えられず制作コストもかさんでいた。肥後銀行の上村司人さん(経営企画部 広報室 企画役代理)は、当時の実情を次のように説明する。
「行員たちには通達を文書で発信していますが、読む人、読まない人、読んでもすぐに理解できない人、自分ゴトとして捉えられない人など、情報共有のレベルに濃淡がありました」
行内の情報共有を円滑に行い、それぞれの従業員に高い水準で情報を理解してほしいという現場の課題に対し、「視覚と聴覚に訴える動画であれば、漠然とでもイメージが共有できる。その後に文書の通達も読んでもらえれば理解度が高まるのではないか」という狙いもあった。
「少ない人数で質の高い金融サービスを提供するには、私たちの伝える力を養い、表現やコミュニケーションなどを従来とは異なる方法に変えていく必要があると考えました」と、同行の縄田聡子さん(経営企画部 広報室 室長)は話す。
そのような背景から、肥後銀行の情報共有レベルを高い水準に引き上げ、金融サービスの質も向上させるアプローチの第一歩として、全ての動画を内製する試みを始めた。
コンテンツの内製にこだわった肥後銀行に生じた好影響
今は動画投稿サイトや撮影機材の進化によって、個人が動画を撮影して公開することが珍しくない時代になった。とはいえ行内向けに公開する動画となれば、一定の品質は求められる。肥後銀行で動画の取り組みを主導する上村さんは、17年4月の赴任直後に「放送局を作るために呼んだ」といわれて驚いたと当時を振り返る。
「ニュース仕立ての動画コンテンツを作るので、ニュースの作り方を学ぶようにと任命されました。周囲にはニュース番組どころか動画制作の知見を持つ人間もいません。いくつかの取引先からアドバイスをいただき、地元のケーブルテレビ局に別の行員と2人で3カ月ほどお世話になるなど、どのように番組を作っているのかという実務を学びました」(上村さん)
地方ケーブルテレビ局は番組担当者が企画、取材、撮影、編集、原稿執筆の全てをこなすことも珍しくなく非常に参考になったという。さらに都内のNHK放送研修センターで4日間の研修も受けたといい、上村さんは「『なぜ銀行さんが放送研修に!?』と驚かれました」と笑う。
こうして銀行員であるにもかかわらず、時間をかけて動画制作のノウハウを学び、動画を内製する準備を徐々に整えていった。ニュース番組でキャスターを務めることになった行員も、アナウンサースクールに通って指導を受けるなど、肥後銀行は“本気”だった。
18年9月末には、肥後銀行の本店にスタジオが完成。テレビ局を思わせる本格的なガラス張りのスタジオに、専用の編集室まで備えている。10月にはスタジオで撮影した動画を一部店舗へ試験配信し、19年1月から本格稼働が始まった。
全店に向けて配信するメインコンテンツのWeeklyニュースでは、文書で発信されている通達事項の解説やマーケット情報、行員と顧客が登場する好事例など、行員のモチベーション向上にもつながる内容を6分程度の短い動画に収める。配信された動画は全店で毎週月曜日の朝に従業員全員で視聴する。
「週明けはピリピリした空気が流れがちですが、動画内に自分たちの知っている顔が映ると、興味深く見てもらえますし、時には笑いが起こって和やかな雰囲気になるという声を聞きます」(縄田さん)
文書の通達では読む時間がなかなか取れない人からも、番組の解説がコンパクトで分かりやすいと好評だ。1分間にまとめられた独自のマーケット情報も「この1週間はどう動くかの指針になる」という声も行内から挙がっている。
動画は行内の情報共有以外にも、行員同士のコミュニケーションツールとして役立っている。Weeklyニュースの最後には、行員に投稿してもらった写真を掲載する「スマイルギャラリー」というコーナーを設けた。視聴した県外店舗の行員からは「(離れていても)一体感が得られる」という、うれしい声が届くと上村さんは話す。
20年、30年先の金融機関の在り方を見据えて
現在は行内向けに動画のコンテンツを作成、配信しているが、将来的には対顧客のサービスにも動画を活用していく考えだ。「遠隔地のお客さまでも、画面を通じて専門的なやりとりを分かりやすく迅速に行えるツールが当たり前になったとき、動画制作のノウハウがあれば強みとなります」と縄田さんは将来の抱負を語る。
その目標を実現するためのマイルストーンとして掲げているのが、外からでも行内向け動画を見られる環境の整備と、番組内容のさらなる充実化だ。
「行内マニュアルや営業のロールプレイング例などを収録した教育関連動画の視聴率の低さが課題です。自宅からでも見られるようにすれば、もっと見てもらえるのではないかと考えています」(上村さん)
銀行という立場上、機密情報などは特に気を配る必要がある。行員が動画を外で見られるようにするため、そして将来の目標である顧客向けサービスで動画を活用するためには、セキュリティに関する特段の配慮が必要になる。
そこで肥後銀行では、動画配信のプラットフォームとしてブイキューブの企業向け動画配信ソリューション「Qumu」(クム)を選んだ。コンテンツごとにアクセス権を付与できる上、動画自体の品質も高い。視聴状況の解析機能付きで、効果の分析もしやすいのが特徴だ。
動画の取り組み、行内で理解を得るための工夫は
肥後銀行の取り組みから、動画を使った情報共有に興味を持つ人も少なくないはずだ。しかし、新しい取り組みを社内に持ち込むのはそう簡単ではない。肥後銀行は経営陣の理解によって動画の活用が進んだが、そうではない場合はどうすればいいのか。
「大切なのは動画によって成し遂げたい目的をはっきりさせることです。どのような効果が見込めるかを明確にし、実際に動画を使った情報伝達を従業員がどう感じるかを明らかにすれば、行内を説得しやすいのではないでしょうか」(上村さん)
「経営陣は生存戦略を常日頃考えていますが、従業員一人一人も問題意識を持っていたほうがいいですね」(縄田さん)
会話、手紙、電話、メール、チャット、そして動画──情報伝達やコミュニケーションのやり方は時代ごとに変化してきた。肥後銀行の事例は目的を見極めた上で選んだツールの活用に真剣に取り組む重要性を教えてくれる好例だ。
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