IBM-Lenovoに「明日のThinkPad」がもたらすリスク

» 2004年12月08日 16時29分 公開
[IDG Japan]
IDG

 まるでFord Motorが突然、MustangブランドをHyundaiに売却すると決定したかのような驚き――とまでは行かないだろうが、中国のLenovo Groupと合弁事業を立ち上げるというIBMの決定は、現代のPCビジネスにおいて、メーカー各社、会社の名前がその製品の代名詞となっているような会社ですらも直面している課題を浮き彫りにしている。

 PC出荷台数の点で、IBMはここ数四半期、DellとHewlett-Packard(HP)からはるかに差を付けられて3位に甘んじている。しかし、同社のノートPC「ThinkPad」は、セキュリティと信頼性が組み込まれていることで企業顧客の間で高い評判を得ている。またIBMがPCの発展においてこれまで演じてきた役割も、一部顧客の間で同社の名声を高めている。

 こうした有利な要素があるにもかかわらず、IBMはなぜPC事業から段階的に撤退しようとするのだろうか? 答えは簡単だ。ほとんどの企業にとって、PC販売で安定した利益を出すのはあまりに難しいからだと、調査会社IDCのクライアントコンピューティング担当副社長ロジャー・ケイ氏は指摘する。

 大手PCメーカーの中でも、Dellだけは直販モデルと積極的な在庫管理で継続的に利益を出すことができている。

 メモリやディスプレイなどの部品では大きな価格変動が起きやすい。またほとんどのPCベンダーが中国や台湾の同じ設計・製造受託業者の多くを利用しているため、PCの差別化はこれまで以上に難しくなっている。Dellは一部のPCを米国で製造しているが、ほとんどのベンダーは米国内での製造を断念している。

 従来のハード企業はこの数年の大半を、急速に成熟する米国PC市場の外で売上拡大のチャンスを模索することに費やしてきた。

 DellとHPは家電部門を設立したが、IBMはハイエンドサーバとソフトビジネスの強化の方に時間を注ぎ、さらに2002年にPwC Consultingを買収して、既に大規模だったサービス部門を大幅に拡大した。IBMは製造を外部委託し、HDD事業を売却することでPC部門のコストを削減したが、利益率向上を求める金融アナリストは、以前からIBMにPC部門の売却を求めていた。

 Lenovoとの取引により、IBMはPC事業の約10年分の現金収入を1度の取引で得るとケイ氏。同時に、IBMはThinkPadを従業員の基本コンピューティングデバイスとして利用している重要なエンタープライズ顧客を今後も維持できるとも同氏は説明する。IBMはこれまで、企業顧客に完全なITパッケージを提供するためにはノートPCが必要だということを大きな理由に、PC事業撤退を拒否してきた。

 Lenovoの方は、IBMとの取引により利益の見込める欧米市場への足がかりができる。PC市場が大きく成長しているのは主にアジア、東欧、南米の新興市場だが、法人向け製品はコンシューマーPCよりも利益率が高いため、企業顧客は魅力的だとケイ氏は語る。

 Lenovoはまた、中国で2番目に大きなIBMのノートPC事業を手中に収め、ホームグラウンドで支配的な立場を手に入れることになると同氏。

 ただしIBMとLenovoは、明日のThinkPadは今日のThinkPadと変わらないと企業顧客に分かってもらうという難しい問題を抱えていると米NPD Techworldの調査ディレクター、ステファン・ベイカー氏は指摘する。

 ThinkPadのブランドと顧客基盤を維持することが、米国の大規模企業に製品を販売した経験を持たないLenovoの課題になるとベイカー氏。

 同氏は、IBMがLenovoによるThinkPadブランドの維持を認めるのは大きなリスクだと指摘する。ThinkPadユーザーは以前から、価格よりも機能や製品デザインを気にする傾向を示しており、Lenovoにとって、ThinkPadが同社の担当になってもその名声が続くと保証するのは難しいだろうと同氏。

 ThinkPadが別のノートPCに進化したり、もっと劣った製品になってしまったら、IBMの企業顧客からの評判とブランドに傷が付くだろうと同氏は言う。そうなったら、IBMが強化しようとしているソフト・サーバ事業が打撃を受ける可能性がある。

 企業のThinkPadユーザーが、IBMとLenovoの新会社からどんな影響を受けるかはまだ正確には分からない。だが中小企業は、IBMがケアする余裕のない顧客を捕らえようとするDellやHPから、マーケティング攻勢をかけられることになりそうだと米Current Analysisのアナリスト、サム・バブナニ氏は語る。

 IBMとLenovoがThinkPadのサポートは継続されると大企業顧客を説得しようとすれば、これら顧客は両社からの多大なケアを求めるだろう。エンタープライズ顧客はIBMのサポートが2年間続くのか、マシンを増やす必要が出てきた場合に、カスタムソフトイメージ付きの新しいノートPCを発注できるのかを知りたがるだろうとバブナニ氏。

 IBMのノートPCを使う企業ユーザーがこれから目にするのは、古典的なFUD(恐怖、不安、疑念)――その大半はIBMのライバルによるものだ――だという点で、複数のアナリストは意見を同じくしている。IT業界激動の時期をベンダー各社は利用し、ユーザーの不安につけ込んできた。

 IBMはPC市場再編の最新ラウンドの幕を開きつつあるようだが、市場への取り組みを見直すハードベンダーは同社が最後ではないだろう。Gartnerは最近、PCベンダー上位10社のうち3社が2007年までに撤退するとの予測を示した(11月30日の記事参照)

 世界第3位のIBMと第8位のLenovoが協力することで、次にスポットライトを浴びるのはHPだ。HPのカーリー・フィオリーナ会長兼CEO(最高経営責任者)は依然として、Compaq Computerとの合併は時間と労力を費やすだけの価値があったとアナリストを説得するのに苦労している。

 HPの12月7日のアナリスト向け説明会で、フィオリーナ氏はHP取締役が過去に会社分割を検討したことを明らかにした(関連記事参照)。GartnerとIDCが予測するように、2005年にPC市場の成長が停滞すれば、HPはIBMとLenovoを取引に導いたのと同じ選択肢を検討することになるかもしれない。

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