インタビュー
» 2008年07月30日 16時00分 公開

電気街が“萌え”た日、そこには等身大の綾波レイがいたASCII×ITmedia アキバ対談(前編)(3/5 ページ)

[古田雄介&ITmedia アキバ取材班,ITmedia]

アキバの変化を再確認 その2――「電車男」でメジャーになった

──テレビでアキバがクローズアップされたのは、2004年の「電車男」の影響が大きかったと思います。街の雰囲気は電車男以前、以後で相当変わりました?

古田氏 変わりましたね。ただ、電車男でオタク層が増えたわけじゃなくて、一般の人が増えました。

藤山氏 そうそう。あれは、オタクを見に来る観光客が増えたんだと思います。女の子たちが来て「あそこにオタクがいるー、きゃー」って。

──新宿2丁目に行く女の子みたいな感じですか?

藤山氏 ああ、まさにそんな感じ。

古田氏 おでん缶の自動販売機前に人だかりができたのもそのころですよね。秋葉原というサブカルチャーの溜まり場が、一気にメジャーになった感じで。女性や一般観光客のほか、欧米の人も多く見かけるようになりました

藤山氏 外国人が増えたのは、インターネットの影響も大きい。日本のアニメがネットにアップされると、1日も経たないうちに外国語の字幕付きバージョンが作られるんですよ。そうやって、日本のアニメがすばやく世界に行き届く下地があったと思う。実際、エヴァンゲリオンが放送されていたころ、ぼくも米国の友人に頼まれましたから(笑)

──歩行者天国にパフォーマーが集まりだしたのも、同時期ですか?

藤山氏 いや、それはハルヒダンス(テレビアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」エンディングムービーを実演したダンス)以降。だから2006年以降かな。最初は秋葉原UDX前でやっていたんだけど、そこがパフォーマンス禁止になったから中央通りに出てきたと。

古田氏 それまでは普通の歩行者天国でしたからね。1990年代からやっていたコアなパフォーマーもいましたけど、それほど注目はされていませんでした。あと、チラシ配りのメイドさんが囲まれて即席写真会が開かれる光景はたまに見ましたけど。

藤山氏 そうだね。アキバの歩行者天国が始まったのは、都電がなくなった昭和48年なんだけど、ここまで注目されたことはいままでなかった。

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