ある朝、新聞に目を通していたら見出しに「熟柿戦略」と出ていて意味がすんなり入ってこなかった。また、あるとき江戸時代中期の大ヒット本『養生訓』の現代語訳を読んでいると「夭折は40代までで、50歳以降に死んだら不夭といえる」といった記述に目が止まった。またまた、あるときは納品した原稿で「悲愴な様子はなく、淡々と〜」と表記するところを「悲壮な様子はなく、淡々と〜」としてしまい、編集者に指摘されたりもした。
見慣れないけれど妙に気になる単語や、覚えておきたくなる知識、勘違いしていたり使いこなせていなかったりした言葉に出会ったとき、人は誰でもしっかり記憶して身につけておきたくなると思う。しかし、その瞬間に思っただけでは、余程優秀な頭脳でない限り、いずれあやふやになって忘れてしまうだろう。
そこで筆者は、2年前から、それらの情報をスマホの単語カードアプリに落とし込み、日常的にチェックするようにしている。取材先へ向かう電車の中や寝る前のちょっとした時間などにちょこちょこカードをめくる。それがとても楽しい。
カードが何百とたまって、見飽きたものを繰り返し解くような状況になったら苦痛だしすぐ飽きてしまうだろうが、そうならないような仕組みを整えているから、楽しい。
愛用のアプリは酒井俊之氏が開発した「モバ単2」。iOS版とAndroid版、Windows版を提供しており、全環境に無料版を用意している(iOSの有料版は400円、Androidの有料版は280円だ)。数ある単語カードアプリの中でも自由度が高く、カードのふるい分けやシャッフルはもちろん、一部のバージョンはテキスト読み上げ機能や辞書連動機能なども備える。1ファイルに1000枚のカードが収録可能で、複数のファイルが保存しておける。
特に重要なのはファイル形式にタブ区切り(UTF-16)を採用しているところだ。EXCELなどの表計算ソフトでスムーズに編集できる形式なので、情報をモバ単2の枠外で管理することも容易だ。
この特徴を利用して、筆者はまずカードの情報を蓄積するデータベースをEXCELで作り、そこに新規の情報を書き込むようにしている。その中から、単語カード化したいものを100〜200件程度選別して、だいたい週一ペースでスマホに転送する。だから、モバ単2上でカードの編集や追加は行わない。モバ単2はあくまでプレーヤーとして使っている。
この行為は、スマホや音楽プレーヤーで聞くプレイリストを作るのによく似ている。手持ちのすべての楽曲の中から、流したときのことを想像してわくわくしながら、適度に新鮮で自分のツボを押さえた曲を選ぶ――それと同じような感覚で、「『ラッダイト運動』か……多分原稿で使うことはないけれど、ちょっと忘れかけているからピックアップしておこう」や「最近流行りの『親家片』はある程度知っておかないといかんな」などとピックアップしていくわけだ。
プレイする際のことを考えて、「『漸増/漸減』はまだたまに読み方でつまずそうになるけれど、まあ、間違えはしないので、今回は回避」などと、ぎりぎりのところで取捨選択を悩むのもまた一興。
そうして自作した“現在の自分にとってのベスト盤的単語カード”は、他人が作った出来合いの単語カードや、ただ機械的に蓄積しただけの生のデータベースよりも説得力が強く、身になりやすい。作り手も利用者も自分一人のセルフプロデュース環境は、極限まで最適化されているからすこぶる快適だ。互換性は著しく低いけれど。
紙の単語カードもいいが、カードの再利用や全体の管理、情報の加筆修正の面倒を考えると、デジタルのほうが便利だ。また、長期的に使うなら、単語カードアプリ単独よりも、データベースとプレーヤーを分離した環境のほうが無理が出にくい。以上から、習慣的な記憶の補強には、モバ単2とEXCELの組み合わせをオススメしたい。
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