日本時間の6月9日深夜2時から開催されたAppleの開発者向け会議「WWDC 2015」の基調講演は、ネットでの中継後、録画も視聴できるうえ、すでにさまざまな報道も流れた。ここで改めて、そうしたニュースを詳細に解説する必要はないだろうが、簡単に発表内容をなぞりながら筆者なりの視点で振り返ってみたい。
基調講演では、今年年末までの「予告編」として、パソコン用OSの「OS X El Capitan」、モバイル機器OSである「iOS 9」、それにスマートウォッチ用OSの「watchOS 2」、それぞれについて新しい機能が紹介された。そのうえで、故スティーブ・ジョブズ氏の決めぜりふでもあった“One more thing”というフレーズとともに、「Apple Music」が6月30日に世界100カ国でローンチされることが発表されるという流れだった。
この「もう1つ、お楽しみが残ってるよ」とばかりに繰り出すフレーズでアナウンスされたのが、Appleが発明したわけではない加入型音楽配信サービスだったことに期待外れの声もある。
もっとも、このフレーズは、基調講演で話す文脈(WWDCの場合は主にソフトウェアやネットサービスの開発者に向けたOSアップデートの予告)から外れているが、オーディエンスにとって注目のネタを紹介するときに使ってきたものだ。そうした意味では、WWDCにおけるApple Musicは、まさに“One more thing”だった。また、戦略上も重要な位置付けの発表だったとも言える。
しかし、Apple Musicが重要な発表だったと理解したうえでも、「随分小さな絵を見せてきた」という感想を持った読者は多いのではないだろうか。その理由は、Appleが個々の製品やサービスの(見た目や操作フィーリング、利用手順の最適化といった商品設計に関する意味も含む)デザインに、ジョブズ時代よりもさらにこだわり抜くようになった一方、デザイン改善の視野が狭くなっているからではないか? と感じた。
OS X、iOS、watchOS。それぞれの改善は、それぞれに搭載する製品の使用感を高めてくれるに違いない。すでに評価が得られている各製品について、「よりよい実装」を行う改良が大多数で、利用者を戸惑わせるような大幅な変更は、今回はほとんどなかった。
1つだけ例外は、iPad向けにマルチウィンドウによる複数アプリの同時表示、同時動作の機能が用意されたことだろうか。Windows 8.1にもよく似た画面レイアウトによる実装が見られるが、売上げが伸び悩んでいるiPadを少しだけ「パソコン寄り」にすることで、iPadで適応できる用途を広げようということだろう。
この部分だけはチャレンジだが、それはiPadの位置付けについてAppleに迷いが出ている例外的な事例だからだろう。ウワサの大画面iPadも、上記の仕様変更(複雑になるため、改良かどうかは意見が分かれる)からすれば、実際に投入される可能性が高そうだ。
例年、WWDCの基調講演におけるデモは、それぞれのOSと対になって投入されるハードウェア製品の機能やデザインを想起させない範囲にとどめられており、OSとしての基本機能の変化やAPI(OSの機能呼び出し)に関連した話……つまり、それぞれの新OSで動くアプリの何が新しくなるのかなどは、守秘義務契約に縛られている。
このため、実際には各OSが動くハードウェアプラットフォームには、未来をかいま見せる何らかの仕掛けが存在するのかもしれないが、このところのAppleはホームオートメーションシステムと接続するHomeKit、自動車のエレクトロニクスシステムとつなぐCarPlayといった仕掛けを用意して、より深く社会のインフラに溶け込もうとしているものの、期待したほどには使われていない(もちろん、まだまだこれからの分野だからだとも言えるのだが)。
今年はそれらのアップデート報告はあったが、これから世の中が変わっていくのだ、という登場感のある提案はなかった。つまり、機能や実装の改良といった、デザインの延長線上にある改変には積極的だが、なぜさまざまな困難を乗り越えて新しい機能を加えたのか、なぜその製品、OSはそうあるべきなのか? といったストーリーテリングが希薄になってきているのだと思う。
Appleの発表や製品改良のアプローチ、戦略の細かなアジャストはいずれも正しい判断に基づいていると思う。では、なぜそこに物足りなさを感じるのか? その答えがそこにある。
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