「ゲームばかりしてないで外で遊びなさい!」がなくなる日――カギはGPS+AR?

» 2016年06月15日 06時00分 公開

 青空のもと、広々とした公園で走り回り、歓声をあげる子どもたち。スマートフォンやタブレットを掲げ、お互いのスクリーンを見比べたりしながら、あっちに行ったり、こっちに来たり。皆が遊んでいるのは、現在開発中の、現実と拡張現実をミックスさせたゲーム、「Geo AR Games」だ。

Geo AR Gamesによる初のゲーム『シャークス・イン・ザ・パーク』

いつもの見慣れた公園に、海中世界が出現

 Geo AR Gamesには、地理空間情報と拡張現実(AR)技術が活用されている。全地球測位システム(GPS)で、遊ぶ人の位置を判別し、スクリーン上に反映させたところに、拡張現実世界を展開する。特徴的なのは、このゲームが屋外用であること。専用のアプリケーションをダウンロードしたスマートフォンやタブレットを持って、外に出て遊ぶようにできているのだ。周りのスペースが大きければ大きいほど、拡張現実世界も広がりを見せ、よりアクティブに遊ぶことができる。

 現在公開されている試作品の1つが『シャークス・イン・ザ・パーク(SITP)』。デバイスを通した、周囲の公園の風景に、岩や海草の間を魚が泳ぐ海中世界が重なる。魚の群れを追い、できるだけ多くの魚を集めるというのがゲームの目的。途中サメから逃げたり、鍵を探して宝箱を開けたりという楽しみもある。遊ぶ度に、宝箱の位置や鍵のありかなど、ストーリーが変わるように設計されている。

 ゲームに熱中していると、周りのことが見えなくなるもの。そんな時のために、「デジタル・フェンス」という機能も備えている。公園から車道や水場に近づくと、大きく「STOP!」と書かれた警告がスクリーンに表示され、子どもたちは危険を回避することが可能だ。

既存のゲームが持たない特性

 子どもの健康に寄与し、自然との親密な関係を築くのを助け、ソーシャルスキル(社交術)を養うのに役立つという理想的なゲームが、Geo AR Games。開発したのは、ニュージーランドの起業家の、メラニー・ラングロッツさんとエイミー・ウォルケンさんだ。最高経営責任者兼マーケティング担当であるメラニーさんは、長年エンターテインメント/メディア業界でキャリアを積み、2014年には今回と同様の手法で、絶滅した鳥、モアをスクリーン上によみがえらせたことで注目を浴びた。一方、エイミーさんはコンピュータサイエンスや心理学などの学位を持ち、ソフトウェア開発を担当する最高技術責任者を務める。

前列左からエイミーさん、メラニーさん、そして多くのハリウッド映画のアニメーション・テクニカル・ディレクターの経験を持ち、Geo AR Gamesではクリエイティブ・ディレクターを務めるテイラー・キャラスコさん。後列はスタッフだ

 世界的に蔓延(まんえん)する子どもの肥満問題。原因の1つが、コンピュータゲームの普及といわれている。遊んでいる間、子どもは屋内で座ったまま、体を動かすことはないからだ。それに対して、屋外用のGeo AR Gamesであれば、たとえ、外遊びを好まない、スポーツが嫌いな子や、コンピュータゲームにしか興味がない子も、外に連れ出すことができる。試験的に『SITP』で子どもたちに遊んでもらったところ、広い公園内で動き回った時間は平均30〜45分。肥満児撲滅委員会を設ける、国連世界保健機関(WHO)は、5〜17歳の子どもに、日に60分以上の運動をすることを薦めている。同ゲームはパイロット版なので、内容がより充実すれば、遊び時間はWHOが推奨する時間より伸びるだろう。

 Geo AR Gamesで遊ぶことで、子どもたちが自然に屋外で体を動かすことは、家庭生活のスムーズ化にも役立つ。まず、ゲームで遊ぶ時間と外遊びの時間が同時に取れるので、時間の節約になり、余った時間を有効活用できる。また親は、座ったきり、ゲームにクギ付けになっている子どもを注意しなくて済む。子どもも注意されたり、怒られたりすることが減り、家庭内のストレスが軽減される。

 既存のゲームが、子どもを家の中に閉じ込めてしまうのに比べ、Geo AR Gamesは外の世界へといざなう。メラニーさんも、エイミーさんも、どんなにテクノロジーが発展しても、今後も人間が生き続けていく地球の自然環境を知り、慈しむ心を、子どもたちに身につけてほしいと考える。一歩外に出さえすれば、自然は待ちうけていてくれているのだ。ゲームで遊ぶうち、空、植物、動物、昆虫などに注意を引かれ、デバイスを置いて、それらを相手に遊び始めることもあるだろう。2人は、ゲームが子どもと自然の橋渡しをしていることを高く評価する。

 同ゲームは、子どもを屋内からだけでなく、孤立からも解放する。デバイスを持って遊ぶ子は、知っている子も知らない子も皆既に仲間だ。スクリーンの見せ合いっこをしたり、一緒に敵から逃げたり、共に遊ぶ。ゲームという共通項を軸に、交流を深めることができるのだ。

2016年5月16日には、全国ニュースで『シャークス・イン・ザ・パーク』が取り上げられた

GPSとARのコンビネーションにポテンシャルを見出す

 現在の『SITP』は、子どもにも、親にも評判が良いが、試作品だけあり、必要最低限の機能をそなえるにすぎない。そこでメラニーさんとエイミーさんは、クリエイティブ分野のプロジェクトのためのクラウドファンディング・プラットフォーム、「キックスターター」で資金を募り、そのプレミアム版を開発しようとしている。

 さらに次のステップでは、3D景観作成アプリケーションである「ワールドビルダー」を取り入れ、現実と拡張現実をミックスさせた世界を自分で自由に創り出せるようなゲームを、世に送り出そうとしている。子どもたちに、人間ならではの能力である創造性を伸ばしてほしいと考えているからだ。完成している既存のゲームを、お仕着せのルールに沿ってプレイするより、オリジナルの世界を友達と一緒に好きなように冒険する方が何倍も楽しいはずだ。そして彼女たちにはその先の構想もある。このゲームを教育用に発展させたいというのだ。

世界初の「デジタル・プレイグラウンド」を開催

 今後のこうした展開を視野に入れ、子どもやその親にGeo AR Gamesを通した、想像上の世界での遊びを紹介しようと、現在2人は、「デジタル・プレイグラウンド」というプロジェクトを実現すべく、ニュージーランド国内の各市に話を持ちかけている。子どもたちは、当プロジェクトのオリジナルの『マジカル・パーク』というアプリケーションをダウンロードしたデバイスを持って、指定された公園で好きな時に友達と遊ぶ。

 デジタル・プレイグラウンドは、5月下旬にウェリントンにある2つの公園で世界的にも初お目見えし、1カ月にわたって子どもたちが楽しめることになっている。実は日本でも同様のプロジェクトを行おうと、彼女たちは小学校教諭にアプローチ。キャンプなどの場で行われることが決まっている。日本の子どもたちが、Geo AR Gamesで遊べる日は遠くなさそうだ。

デジタル・プレイグラウンドで使われる、オリジナル・ゲーム、『マジカル・パーク』の1シーン

ライター

執筆:クローディアー真理、編集:岡徳之(Livit Tokyo)


Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

アクセストップ10

2024年04月25日 更新
  1. ワコムが有機ELペンタブレットをついに投入! 「Wacom Movink 13」は約420gの軽量モデルだ (2024年04月24日)
  2. 16.3型の折りたたみノートPC「Thinkpad X1 Fold」は“大画面タブレット”として大きな価値あり (2024年04月24日)
  3. 「IBMはテクノロジーカンパニーだ」 日本IBMが5つの「価値共創領域」にこだわるワケ (2024年04月23日)
  4. 「社長室と役員室はなくしました」 価値共創領域に挑戦する日本IBM 山口社長のこだわり (2024年04月24日)
  5. Googleが「Google for Education GIGA スクールパッケージ」を発表 GIGAスクール用Chromebookの「新規採用」と「継続」を両にらみ (2024年04月23日)
  6. バッファロー開発陣に聞く「Wi-Fi 7」にいち早く対応したメリット 決め手は異なる周波数を束ねる「MLO」【前編】 (2024年04月22日)
  7. ロジクール、“プロ仕様”をうたった60%レイアウト採用ワイヤレスゲーミングキーボード (2024年04月24日)
  8. あなたのPCのWindows 10/11の「ライセンス」はどうなっている? 調べる方法をチェック! (2023年10月20日)
  9. アドバンテック、第14世代Coreプロセッサを採用した産業向けシングルボードPC (2024年04月24日)
  10. ゼロからの画像生成も可能に――アドビが生成AI機能を強化した「Photoshop」のβ版を公開 (2024年04月23日)
最新トピックスPR

過去記事カレンダー