2014年秋に発表されたApple Watchは、スティーブ・ジョブズCEO没後のAppleにとって最初の新カテゴリー製品だ。いつも控えめなAppleにしては珍しく、かなり大胆なチャレンジがいくつも行われたことで強く印象に残っている。
中でも注目すべきは、ファッション性に力点を置いた戦略を取ったことだ。
そもそもApple Watch発表の舞台がファッションイベントのようだった。初代Macや初代iMacの発表も行われ、Appleが勝負の発表を行うデアンツァ・カレッジで行われた。世界中から集まった800人の招待客には、それまでのテクノロジー系や経済系の記者に加え、VOGUEやELLEといったファッション雑誌の有名編集者やモデルも多く参加し、それまでのApple発表会にはない華やかさがあった(日本からも藤原ヒロシ氏が加わった)。
発表会後、巨大駐車場に特設の真っ白な巨大なパビリオンを作って製品を展示していたのも、まるでファッションイベントのようだった。
Appleはその数週間後、パリのセレクトショップ「Colette」で招待制イベントを開催。世界的デザイナーの故カール・ラガーフェルド氏や米VOGUEの有名編集長、アナ・ウィンター氏も訪れた。
初代Apple Watchには、18金のケースに入った200万円を超えるモデルも用意され、それを身に付けた世界のセレブたちのInstagramをにぎわせていたのも、まるでファッションブランドのマーケティング戦略だ。
初代Apple Wathから半年後、2015年秋の発表はさらに衝撃的だった。米国のスポーツブランド、Nikeに加え、フランスを代表する世界のトップブランドの1つ、仏エルメスとのコラボモデルを発表したのだ。エルメスの人気腕時計を踏襲したApple Watchは、即座にエルメスでも大人気の商品となり、特に日本では爆発的なヒットとなった。
Apple Watchの登場前、ウェアラブルと呼ばれる製品は既に他社がいくつも商品化していた。だが、テクノロジーブランドとファッションブランドでは人をワクワクさせるアプローチが違う。
デザイン性に優れたAppleの製品は、テクノロジーブランドの中でも、かなりファッション系に近いエレガントさや華やかなオーラがあるが、そんなAppleでさえファッションブランドと組んだことは1つの大きな転換点になった。
翌年にはウェアラブルを作るテクノロジーメーカーがファッションコラボの連発を開始し、ファッションブランド側もテクノロジー企業のパートナーを見つけて独自のスマートウォッチなどを発表し始めた。
もっとも、Apple Watchが素晴らしかったのは、持続させたいスタイル性と技術の新陳代謝を切り分けたことだ。
Watchの本体、つまりテクノロジーが凝縮されたケース(Apple Watch本体)は毎年更新されるが、時計を腕に留めるバンドは簡単に着脱してユーザーによる交換が可能で、(ごく一部の例外を除いて)Apple Watchの世代を超えて使い続けられるようにした(その後、バンド交換は従来の腕時計の世界でも、それまで以上に広がった)。
こうしてApple Watch用バンドという大きな市場も誕生したが、Apple Watchのチームはそれを受け、世界各国で、その国の注目ブランドと数量限定コラボを展開した。
米国ではCOACH、そしてここ日本ではsacaiやANREALAGEとコラボバンドを作り、それぞれのブランドのホームページや、世界に当時3店舗あったApple Watch Storeで展開した。
現在、高級なEDITIONモデルでは、18金モデルはなくなり、より買いやすいチタニウムとセラミックのモデルに集約されている。
ロンドンのセルフリッジと、パリのギャラリーラファイエット、そして東京新宿の伊勢丹と世界のファッショニスタが認めるエッジの効いた百貨店3つだけを厳選して設置されたApple Watch Storeも、今では残念ながら無くなってしまった。
しかし、現在は世界中のApple直営店でApple Watch Studioという4年間の歳月をかけて開発された最高の購買体験を提供している。
大胆なまでにファッション寄りに針を振り切って登場したApple Watchは、そのおかげで、もはやファッションアイテムとしても十分定着し、今ではファッション性と快適さのよいバランスポイントを見つけているように思う。
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