―― 4月25日に行った社長就任会見で使用した資料では、「お客さま」という文字がたくさんありました。数えたところ、表紙を含めて19ページの資料の中に30回ありました(笑)。
栗林 はい、それは意識をして使っていました(笑)。ただ、この考え方は私が突然始めたわけではなく、前任の鈴村文徳氏が掲げていた「モノからコトへのシフト」と同じ意味があります。
コトの価値は、お客さまを知りつくし、困りごとを把握しないと実現できません。お客さまを軸にした活動をベースにしようという取り組みは、このときから既に始まっています。エプソン販売の場合には、パートナーと連携は強化しているものの、お客さまのところに行くことが少ないという状態が続いていました。しかし、ここ数年でその意識が変わり、お客さまのところに出向き、課題をしっかりと探るといった活動が始まっています。
―― 栗林社長体制での新たな取り組みとして、全社プロジェクトを開始しましたが、これも「行動の軸をお客さまに置く」という姿勢と連動したものになりそうですね。
栗林 その通りです。全社プロジェクトは、組織横断型で顧客価値創出を加速することを目指した活動です。例えば、環境や省人化といった課題においてエプソンがどんな貢献ができるのかといったことを理解するために、お客さまの声に耳を傾け課題を把握し、包括的な価値提供を行うことになります。
エプソンが持つ技術を活用し、カスタマイズを加えた提案を行うだけでなく、外部のパートナーとの連携によって価値を提供することも視野に入れています。大切なのは、この商品はこの窓口を通じて個別の課題を解決できればいいというのではなく、お客さまの幅広い課題に対して、どう協業すれば包括的にサポートし、課題を解決し、お客さまを笑顔にできるかを考えるということです。
すぐに成果が出るとは思ってはいませんし、お客さまの声を聞くということは時間をかけてじっくりと進めるべきだと思っています。お客さまの声を元に、特定の商品やサービスに絞られない新たな提案を模索していきます。
―― 「行動の軸をお客さまに置く」、あるいは「モノからコトへのシフト」といった取り組みが、既に成果につながっている事例はありますか。
栗林 例を挙げると、スタディラボとの協業による「StudyOne」は、その1つです。スタディラボが持つ学習管理システムと、エプソンが持つ遠隔印刷とスキャン技術を組み合わせて、デジタルと紙を融合させた家庭学習を提案し、塾と子ども部屋をつなげる学習サービスとなっています。
具体的には、学習塾は生徒に合わせた課題プリントを選択して、生徒の家に送信し、生徒は届いた課題プリントをプリントアウトして学習した後に、プリンタのスキャン機能を使って学習塾に返信することで、家に居ながら塾と同じ学習が行えるようにしています。また、各プリントにはQRコードが自動で印刷されるため、これを活用して、生徒の学習ログとしてデータを蓄積できます。
先ごろ、灘中合格の実績では日本一の実績を持つ浜学園でもStudyOneが採用されました。StudyOneは、塾に通う生徒や保護者、学習塾が何に困っているのかを考え抜いた結果、プリンタが持つ機能を活用して生まれたサービスです。
生徒には、塾では勉強できるが自宅での学習がはかどらなかったり、自ら学ぶ習慣が身につかなかったりといった困りごとがありました。また、学習塾では、塾にいるとき以外、生徒の学習をサポートできないという課題があります。そこに、オンライン学習のようにデジタルだけで対応するのでなく、プリンタを活用して、紙を利用することで学習効果を高めるといった仕組みを導入することで、課題解決と高い効果を実現することを目指しています。
つまり、学習塾のノウハウを生かしながら、困りごとを解決するサービスとして提案することができたわけで、「行動の軸をお客さまに置く」こと、「モノからコトへのシフト」をした結果、実現した取り組みの1つだといえます。
また、これは「成熟領域の深化」といった点でも成果の1つだといえます。コンシューマー向けプリンタを自宅での年賀状印刷や写真印刷だけでなく、学習塾のサービスに活用することで、新たな価値を提供することができるようになるからです。技術は成熟してこなれていますが、お客さまに使いこなしてもらったり、課題を解決したもらったりするために、深化させる取り組みが重要になります。
先に触れた全社プロジェクトでも、それぞれの営業部門がこれまで担当していた領域へのアプローチに留まらず、お客さまの困りごとを把握し、そこにエプソンはどんなお役に立てるのかといったことを可視化し、必要であればスタディラボとの協業事例のように、パートナーとの連携によってサービスを提供していくことにも取り組みます。
既にお客さまとの対話を通じて、知らなかった課題に気が付き始めたという成果も上がっており、これを1年後にはいくつかのソリューションとして提供したいと考えています。
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