Appleは9月9日(米国太平洋夏時間)、iPhoneとその周辺デバイスを主役としたスペシャルイベントを開催した。このイベントは例年開催されており、発表された新製品は順次各国での予約販売が開始され、1〜2週間以内に出荷される流れだ。しかし今年(2024年)は、少しばかり異なる点もある。
このイベントにおける一番の“主役”はiPhoneだが、今回はその目玉であるオリジナルAI機能「Apple Intelligence」が出荷開始時に利用できず、翌月の10月から順次対応という状況なのだ。しかも10月時点では正式な機能ではなく、開発途上の“β版”として米国英語のみ対応するという。米国以外の英語圏は12月からと比較的早く利用できる見込みだが、英語以外の言語(日本語/中国語/フランス語/スペイン語)は「2025年」と対応予定時期が曖昧となっている。
後述するように、Apple IntelligenceはAppleらしくプライバシーを重視しながらも、iPhoneに集まるパーソナルな情報を活用するユニークかつ有用性の高い機能だ。今回のベントでもiPhone 16/iPhone 16 Proは「Apple Intelligenceを中心に設計された」と強調していた。旧機種で対応するのは2023年発売の「iPhone 15 Pro」「iPhone 15 Pro Max」のみとなるため、Apple IntelligenceはiPhoneを買い換えるモチベーションの1つとなりうる。ただ、日本のユーザーが母国語でその実力を体感できるのは少々先のことになる。
iPhoneを買い換える上で、Apple Intelligenceは重視すべき要素なのか――前置きが長くなったが、まずはこの点を検討してみたい。
生成AIを活用したエージェントサービスとしてのApple Intelligenceは、明らかに「独自性の高さ」と「ライバルへの優位性」を有している。
スマートフォンに集まる情報を横断的に参照しながらAIサービスを提供するには、端末内にAI言語モデルを置かねばならない。MicrosoftやGoogleも、そのことを理解した上でスマホで稼働できる小規模言語モデルの開発を進め、端末に内蔵させようとしている。
それに対して、Appleはプライベート情報をパブリックなクラウドにアップロードしないように配慮しつつ、端末内処理の延長としてクラウドのパワーを活用し、より長い文脈のAIサービスを実現しようとしている。さらにデータセンターのサーバも含め、電力効率の高いシステムとし、追加料金を発生させることなく自社端末ユーザーにサービスを提供するという。同社はこれを「Private Cloud Compute」技術と呼んでいる。
この技術を使うことで、ユーザーのデータは「匿名化」と「非保存処理」が施される。そして電力効率を重視する観点から、カーボンニュートラルを実現したデータセンターの構築を行うという。
プライバシーを守りつつ、環境に配慮した考慮したサービスを実現する――この点において、ライバルに対するリードは大きいのではないだろうか。
そしてApple Intelligenceが実現する機能は、スマホを持っていることのメリットをさらに伸ばしうる。
スマホには、クラウドを軸にしてプライベート、ビジネス、公共サービスなど、あらゆる情報が集まってくる。生活のインフラとして欠かせないデバイスであることは、もはや言うまでもない。そこに集まる情報をAIの学習データ、あるいはコンテンツの生成時に参照するデータとして使えれば、ユーザーにとって極めて有益な“情報源”となる。これはクラウド上で提供するAIでは実現できないことだ。
例えば「Gmail(Googleのメール)」を使っているユーザーは多くても、「Google チャット」を使っているユーザーはそれほど多くないはずだ。日本であれば、Google チャットの変わりに「LINE」や「Facebook Messenger」を使っている人の方が多いだろう。やり取りする相手によっては「+メッセージ」を始めとする通信キャリアのメッセージサービスを使うこともあるだろうし、仕事のやりとりなら「Slack」や「Microsoft Teams」なんかを使うこともあるだろう。最近なら「Discord」を仕事に使う、なんていう話もよくある。
そして、これらのコミュニケーションサービスが“閉じている”とも限らない。むしろ、複数のサービスにまたがっている場合の方が多いのではないだろうか。
スマホに集まってくる多様なデータを人間(ユーザー)が全て把握し、その文脈を全て追い切るのは極めて難しい。一方でAIなら、そうした雑多なデータを一括して情報として参照しつつ、意味の通る情報に組み立て直すこともできる。
これをクラウドで実施する場合、異なるサービス間での情報の追跡や、一貫性を保つことが極めて難しい。しかし、iPhoneという“システム”に集まってくる情報を何らかの形で標準化した上でAIで扱い、異なるアプリ間のデータを相互に集めて整理することは可能だ。
Apple Intelligenceが行おうとしているのは、まさにそうした人間では把握しきれないほどの情報を整理し、ユーザーにサジェスチョンすることだ。こればかりは、手元の端末が中心でなければ提供できない。
さらにいえば、手元のスマホに集まってくる情報が学習され、その文脈が把握されている状況において、他のプラットフォームに乗り換えるというのも利便性を考えると、あまり現実的とは思えない。つまり、Apple IntelligenceはiPhone(端末)とユーザーのエンゲージメントを極めて強固なものにする、ある意味で新たな“囲い込み策”と見ることもできる。
ここまでiPhoneの話ばかりしてきたが、Apple IntelligenceはiOS(iPhone)だけのものではない。iPadOS、macOS、将来的にはvisionOSでも利用できるようになる。Appleのデバイスに保存されたプライベートな情報を活用し、より便利になるとしたら、なおさらにAppleを中心としたエコシステムから逃れることが難しくなる。
そう考えると、Appleが今回の発表で「新しいiPhoneはApple Intelligenceに最適化されている」と強調した理由が見えてくる。Apple Intelligenceの普及は、Appleという企業の今後における“生命線”となり得るのだ。
多くのユーザーは、AIサービスを提供するタイミングという点において「Appleは周回遅れ」と考えているかもしれない。先述の通り、10月の米国提供の段階でもまだ“β版”だし、日本語を含む英語以外の言語への対応も2025年からと若干曖昧なアナウンスとなっている。言い方を選ばなければ、「ずいぶんのんびりしすぎてないない?」と思っている人もいるだろう。
しかし、やろうしていることを見てみると、競合するサービスは現時点で見当たらない。実際に新しいiPhoneを購入するかどうかは、Apple Intelligenceから切り離して考えれば良いとは思う。ただ、この機能がAppleの戦略上、極めて重要であることは今回のスペシャルイベントからも明確に読みとることができる。
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