まるで“狂気の沙汰”──ジョブズ時代のAppleを感じさせる「iPhone Duo」のヒンジと製造工程本田雅一のクロスオーバーデジタル(5/5 ページ)

» 2026年09月11日 15時00分 公開
[本田雅一ITmedia]
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ソフトウェアと組み合わさることで「他のどこにも作れない製品」に

 ここまでがハードウェアの話だとすれば、その上に載るソフトウェアでも、iPhone Duoは他社の折りたたみと別の製品になる。

 半分だけ開いて置けば、上半分にApple TVの映像、下半分にメッセージのグループチャットという分割になり、折り曲げ部分はタップしにくいので、コンテンツはそこから滑って退避する。

 姿勢によってスピーカー同士の距離が変わるので、音の定位を計算で補正する。充電していなくても、立てればスタンバイになる。90度で保持できるから、時計やカレンダー、小さな映像ディスプレイという、開いた/閉じたのどちらでもない第三の使い方が生まれる。2つのアプリの組み合わせを保存してワンタップで呼び出す機能も、初期の折りたたみを使ってきた身体にはありがたい。

 これらはどれも、途中の角度で止まるヒンジ、同じ縦横比を持つ2つの画面、姿勢を検知する両側のセンサーがあって初めて書けるソフトウェアである。同じUIを他社が書こうとしても、同じ機構がなければ同じ体験にはならない。

 逆に、ハードウェア設計だけがあっても、実現する仕掛けがOSに仕込まれていなければ、ただの折れる板でしかない。ヒンジの工程とiOSの実装が一体になって、はじめて「他のどこにも作れない製品」になる。

ジョン・ターナス氏の名刺代わり?

 もう1つ、この製品が出てきたタイミングを忘れてはならない。基調講演の冒頭に立ったジョン・ターナス氏は、2001年にAppleの製品設計チームに入った機械エンジニアで、2013年からハードウェアエンジニアリングの責任者を務め、この日がCEOとしての初舞台だった。iPhone Duoは、彼がハードウェアの責任者だった時期に作られた製品である。

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 開発期間を会場で問うと、Appleの担当者は「何年がかりといえるものはない。われわれが望む体験とデザインに到達するまで作り込んだ」と答えた。新しいCEOの最初の舞台に、自分がハードウェアの責任者として育てた、最も生産工程が複雑な製品が選ばれた。iPhone Duoはターナスの名刺代わりともいえるだろう。

 だからこそ、彼はiPhone Duoの話を始める前に10分を使い、「インテリジェントなパーソナルハブ」という言葉を定義したのではないか。AIは個人の予定や人間関係や日々の習慣と結びついたときに役に立つ。その文脈を持つ製品が中心になる。だからiPhoneがハブになる、という筋立てである。

 取材でこの言葉の出自を問うと、Appleは2001年にスティーブ・ジョブズが掲げた「デジタルハブ」を引いた。あのときMacは、カメラや音楽プレーヤーをつなぐ中心だった。25年後、同じ言葉でiPhoneを中心に置いたのは、その2001年に入社した人物である。偶然ではないだろう。

 ここにジョブズの影を見るのは、ロマンティックすぎるかもしれない。Appleの意思決定は一人の物語ではない。ターナスの評価はこれからの製品で決まる。

 しかし、ユニボディを世に出した頃のAppleが持っていた、工程の側の徹底ぶりと、その上にソフトウェアを重ねて他社に作れないものを作るという姿勢は、iPhone Duoに確かに投影されている。Appleは取材の中で、iPhoneの将来について「可能なら毎年再発明したい。特にフォームファクターで革新できれば素晴らしい。iPhone Airがその1つで、iPhone Duoがその次だ」と語った。

iPhone DuoはAppleの試金石になるか

 iPhone Duoの日本価格は256GBで36万4800円、最上位の2TBは57万4800円。予約は10月16日午後9時、発売は10月23日だ。

 この値段を払いたいと思う人は多くないだろう。払える人にも、折りたたみでなければならない理由が必要だ。ここに書いたこだわりのプロセスは、約40万円を支払う理由にはならない。折り目が目立たないことに36万円の価値があるかどうかには、当然ながら議論がある。

 しかし、このこだわりの塊ともいえる折り畳み機構は、Appleにとって1つの試金石になる。消費者がこの製品にどう反応するか。そして開発者が、途中で止まるヒンジと2つの画面を前提にして、どのようなアプリを書くのか。Netflix、Slack、Zoom、Detailは発表時点で対応を済ませているが、一般デベロッパーへのAPI開示はこれからだ。iPhone Duoが一発だけの高価な製品で終わるか、iPhoneの新しい形になるかはデベロッパーの反応次第だ。

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 その反応は、Appleが業界の中でどう受け取られているかを映す。現状を守ることで王者であり続ける保守的な会社と見られているのか、それとも、まだ革新を引っ張る会社と見られているのか。折り目を目立たなくするためだけに、1台ずつレーザーで測り、1台ずつ樹脂を印刷し、層を接着して劣化の入口をふさぐ。それを、世界で最も売れているスマートフォンのブランドが、新しいCEOの最初の舞台で、量産機として採用した。

 ものづくりに対して真っすぐで、狂気の沙汰としか思えないAppleが、戻ってきたのかもしれない。その予感が本物かどうかは、この後の数年が証明することになる。

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