「目立つ広告、売れない商品」に潜む欠落朝のカフェで鍛える 実践的マーケティング力(3)(1/4 ページ)

「目立った広告で話題になれば勝ち」と考えているケースは多い。しかし、目立ったコマーシャルで話題になっても結局売れなかった商品は、誰でもいくつかすぐに思い出すのではないだろうか? なぜそのようなことが起こるのか、考えてみよう。

» 2009年10月11日 00時00分 公開
[永井孝尚,ITmedia]

 日本アイ・ビー・エムで長年マーケティングマネジャーを担当してきた筆者が上梓した書籍『朝のカフェで鍛える実戦的マーケティング力』から、4回にわたり幾つかの章を紹介します。

 本連載では、筆者が業務を通じて学んだことを物語仕立てで整理し、みなさまにお伝えすることで、マーケティングの実際の仕事を実践的に理解してもらうことを狙いとします。今回は、30年前に大きく話題になったにもかかわらず、まったく普及しなかったファッションを例に挙げ、「広告で目立ってもなぜ売れないのか」について考えていきます。

「朝のカフェで鍛える 実践的マーケティング力」 バックナンバー

(1)GoogleやIBMの未来を方向付けた「顧客視点の事業定義」

(2)顧客第一主義の自社が価格の高いライバルに負ける理由


(本連載では、「朝のカフェで鍛える実戦的マーケティング力」の一部を加筆・修正し、許可を得て掲載しています)

目立てば、勝ち?

登場人物

宮前久美:主人公。33歳。中堅会計ソフト会社A社に新卒で入社し、セールスを10年経験した後、希望の商品企画部に異動。職位は主任

与田誠:主人公の叔父。55歳。大手企業マーケティング部長を経て大学院でマーケティングを教えている


 早朝、まだ薄暗い中を、誠は品川駅の改札を出た。この時期は1年で一番日が短い。街も本格的なクリスマス商戦に入り、クリスマスツリーやイルミネーションが目立つようになった。クリスマスソングを聴くと、いつも華やいだ気分になる。

 このようにして社会全体が消費ムード一色になることで、年末商戦が盛り上がっていくのだろう。研究テーマにすると面白いかもしれない、と誠が思いながらカフェに入ると、久美は席で待っていた。

 誠はいつも通り久美が注文しておいてくれたコーヒーをカウンターで受け取り、席に座りながら話す。

 新商品の準備も順調に進んでいるようだね。ところでどうやって世の中に新商品を伝えようとしているのかな?

久美 話題性作りが大切だと思います。社長も「これはウチの未来をかけた新商品だ」ということでマーケティング予算をたくさんつけてくれました。広告で注目を集めて、市場での認知度を一気に高めたいと思います。

 なるほど、広告ね。

久美 やっぱり、話題性を作るには、広告が一番効くと思うんです。

 どんな広告を出すのかな?

久美 新商品の先進性をアピールします。広告代理店の人達と打ち合わせたんですけど、とってもかっこいい広告を作ってくれそうです。あの人気グループTRAPのメンバーを使うそうです。すっごくワクワクしています。

 楽しそうで何よりだね。ところで、その広告と、ターゲットになる顧客、提供する価値、販売チャネル、価格とかは、どう関係しているのかな?

久美 うーん、あまり考えていないんですけど。目立って市場に強い印象を与えることができれば、売り上げに結び付くと思います。TRAPは所属事務所のダニーズの中で一番人気ですし、話題性もあると思います。

クールビズと省エネルック

 誠はまったく違う話を始めた。

 久美ちゃん、話は変わるけど、久美ちゃんの会社って、クールビズやっている?

 久美はまばたきする。

久美 え、クリスマスシーズンなのに、いきなりクールビズの話ですか?

 まぁ、いいじゃない。今年の夏はやっていたかな?

久美 ウチ、やっていましたよ。男性はみんなネクタイを外して軽装でした。冷房もあまりきつくないから、女性も助かります。

 そのクールビズってどうやって始まったか、知っている?

久美 確か、小泉首相の時に、政府が提唱したんでしたっけ?

 その通り。でもそのずっと前に、省エネルックというのがあったんだけど、知ってる?

久美 うーん、小さい頃になんとなく聞いたことがありますけど、よく分からないです。クールビズの昔の名前ですか?

 そうか、久美ちゃんの世代だと生まれた直後になるんだね。1979年頃、政府主導で立ち上げられたんだ。当時は第二次オイルショックで原油価格が高騰していた。それで政府が色々な省エネ対策を打ったんだ。例えば、銀座のネオンや街灯を消したり、東京タワーのライトアップを止めたり、とか。

久美 そんな時代があったんですか。

  省エネルックもその一環だったんだ。当時、ボクは社会人なりたてだった。夏にスーツを着るのって、本当に暑くて大変なんだけど、「スーツを着るのは社会人の義務」と思ってスーツやネクタイは手放なせなかった。

久美 暑い日にスーツ着ている人って、今でもいますよね。「男の人って、色々と大変だな」って思います。

 そして会社についたらエアコン全開で冷房して仕事をしていたんだ。

久美 本当に無駄ですよね。冷え性の女の子って多いし、強い冷房は本当に辛いんですよね。

  恐らく政府も久美ちゃんと同じように思ったんだね。だから、「省エネルック」という新しいファッションを提案して、夏でもそんなに冷房を強くしなくても済むようなファッションを考えたんだ。当時の大平首相とかも自ら着用したりして、結構大きな話題になったんだ。

久美 もう30年以上前ですよね。話題になったということは、流行ったんでしょう?

省エネルックが普及しなかった理由

 実際にはあまり流行らなかった。

久美 えー、でも話題になったし、夏にスーツ着るのって辛いじゃないですか?みんな涼しいのがいいに決まっているのに。なんで流行らなかったのかな?

 ビジネスマンの抵抗感が大きくってね。そうだ。PCに写真があった(編注:「朝のカフェで鍛える実戦的マーケティング力」では、省エネルックの写真が掲載されています)。

久美 うーん、確かに涼しそうですけど、今から見てもかなり先進的なファッションですね。この人が大平首相ですか? まわりはスーツで一人だけ省エネルックっていうのも、象徴的ですね。

 やっぱりそう思うかな? 実際、ほとんど普及しなかったんだ。そこで質問だけど、省エネルックが普及せずに、クールビズが普及した理由は、何だと思う?

久美 絶対、このファッションが原因だと思います。

 言い切る久美。

 確かに表面的には、そう見えるね。でもマーケティング的に考えると、考え方に問題があったんだ。

久美 え、マーケティング的に考えると、ですか? うーん、何だろう。省エネルックはお客さんの買う気を起こさせなかった、ということなのかな?

 うん、いい線だね。

久美 あとネーミングかな?「クールビズ」って、ちょっとかっこいい感じがするんですけど、「省エネルック」って「頑張って省エネに貢献しなさい」って上から言われているようで、ちょっとイヤかも。

 それもいいね。これは「マーケティングコミュニケーション」で重要なポイントなんだよ。

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