標準策定ワーキンググループで鍛えられる挑戦者たちの履歴書(16)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、漆原茂氏が留学から帰国して活躍するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年06月16日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 1990年代前半、漆原氏は沖電気工業株式会社(以下、沖電気)でオープン系のプラットフォーム技術、特にミドルウェア分野のソリューションを開拓する任務に就いていた。

 「どのようなミドルウェア製品が使えそうなのか、まずは調査します。そして、使えそうであればベンダと折衝して実際に持ってきて、動かしてみて……。と、一通りのことをすべてやっていました。いまでいえば、事業企画のようなことをやっていたんですね」

 またこうした活動は、沖電気の社内のみならず、社外に対しても広く展開していた。

 「サーバのOEM提供を受けていた日本HPさんに、逆にこちらからTPモニタソフトウェアのTuxedoのライセンス契約をさせて頂いたりといったように、他社とも積極的にオープン系ミドルウェアに関するビジネスを展開していました。わたしがいた部署は小さかったので、そうやって社外にビジネスを拡大しないと、社内で生き残る道がなかったんです」

 他社も積極的に巻き込んだこうした活動は、自ずと業界全体に波及していく。恐らく、当時は日本においてまだ未成熟であったオープン系ミドルウェアの市場を、一から開拓していくような仕事だったに違いない。特に、TPモニタ(トランザクション管理モニタ)ソフトウェアの「Tuxedo」(タキシード)に関しては、かなり深く関わったという。

 Tuxedoはもともと、UNIXシステム用のTPモニタソフトウェアとしてAT&Tで産声を上げた製品だ。当初はAT&Tの子会社であったUSL(UNIX Systems Laboratories)から販売されていたが、1993年にUSLがノベルに買収された後は、ノベル製品として提供されるようになっていた(ちなみにその後、1996年からはBEAシステムズが販売権を獲得し、さらに2008年に同社がオラクルに買収されたことに伴い、2010年現在では「Oracle Tuxedo」として提供されている)。

 「当時相手にしていた顧客は、公共系や金融系の超大手企業です。こうした企業が運用する大規模基幹システムでの使用に耐え得るものをオープン系で構築するためには、Tuxedoを業界を揚げて盛り上げなくてはいけない状況でした。そこで、他社の協力も得てTuxedoのプロモーショングループを立ち上げたり、標準規格の策定ワークグループに参加したりといった活動を行っていました」

 1980年代後半から1990年代前半といえば、UNIXが業務システムの分野に急速に普及した時代であったと同時に、UNIXの標準化をめぐって業界内で激しいな主導権争いが繰り広げられた時期でもあった。特に、AT&Tとサン・マイクロシステムズを中心とした「UNIXインターナショナル」グループと、IBMやヒューレット・パッカード(HP)、DECを中心とした「OSF」(Open Software Foundation)グループの間で、激しい綱引きが行われていた。こうした当時の背景もあり、オープン系技術の標準規格の策定作業が、あちこちで急ピッチで行われていたのである。

 そうした中、当時漆原氏は「X/Open」の中に設けられたトランザクションシステムに関するワーキンググループに参加していた。X/Openとは、UNIXシステムに関する各種業界標準の策定を目的に設立された業界団体である。先述のUNIXインターナショナルとOSF、双方の陣営のメーカーが参加していたが、やはり内部での主導権争いは激しいものがあった。しかし漆原氏は、このワーキンググループへの参加は「本当に貴重な体験だった」と言う。

 「当時わたしが参加していたワーキンググループには、本当に選りすぐりの優秀な人間が集まっていました。IBMやAT&T、オラクルなど、各ベンダで実際にモノを作っているコアな連中ばかりが20人ほど集まっていましたが、彼らとはいまだに付き合いがあります。このようにワールドワイドの標準規格を策定する過程に直接参加できたのは、実に貴重な体験でした。大規模システム向けのミッションクリティカル基盤に関しては、業界最先端のレベルを実現できたと自負しています」


 この続きは、6月18日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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