急激に大きくなり過ぎて地獄の日々が待っていた挑戦者たちの履歴書(42)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、青野氏がサイボウズを創業するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年08月20日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 青野氏ら3人が1997年に立ち上げたサイボウズ株式会社(以下、サイボウズ)が初めて世に出したグループウェア製品「サイボウズ Office」は、飛ぶように売れた。会社設立の4カ月後には早くも黒字を達成、その後も無借金で黒字経営を続け、ビジネスは実に順調に成長していった。至って順風満帆に見える船出だが、その実、業務を実際に回すのは相当大変だったという。

 では、無借金で黒字経営のどこにそんな苦労があったのだろうか?

 まず、たった3人で立ち上げた会社であるため、事務処理が追い付かなくなってきた。ライセンスを発行するだけでも、膨大な事務作業が発生する。そして、製品を売った後のサポートも提供する必要がある。製品が売れれば売れるほど、そうした業務の負荷が指数的に増えていった。当然3人で回せる仕事量ではない。早急に人を増やさなくてはいけない。しかし、当時オフィスを構えていた松山市では、なかなか人材を集めることができなかった。

 そもそも、“大阪では経費が掛かり過ぎる”という理由から松山市で創業することにした青野氏らだったが、結局この人材が確保できないという問題が起因となり、また大阪に戻ることに決める。「大阪であれば、人手を確保できるはずだ」。1998年11月、創業してわずか1年強のサイボウズは、オフィスを松山市から大阪に移転する。

 そして、大阪で早速人を集め始め、ビジネスの急拡大に対応することになる。しかし、同社のビジネスの急成長ぶりには、ちょっとやそっと人を増やす程度では簡単に対処できなかったという。青野氏は、当時の混乱ぶりをこう説明する。

 「“成長の苦しみ”というやつですね。製品をバージョンアップすると、途端に売り上げが3カ月で2倍になる。そうなると、問い合わせの数も2倍になります。そこで問い合わせに対応する要員を2倍に増やすのですが、新しい人を採用してもすぐには立ち上がりません。まずは教育しなくてはいけないのですが、その教育にまた人手を取られてしまって、さらに業務を回すのがキツくなる、というようなことを繰り返していました」

 ある日、FAX機の横にFAX用紙が100枚以上山積みになっているのを青野氏が見つけた。「これは一体何?」と同氏が担当者に聞いたところ、製品バージョンアップの申込書だという。「なぜほったらかしなのか?」と尋ねたところ、何と、新規契約の顧客の処理を優先して行っているため、バージョンアップの事務処理にまで手が回らないのだという。その担当者いわく、「バージョンアップのお客さんは、旧バージョンをまだ使うことができます。でも新規契約のお客さんは、無料体験版の試用期限が明日にでも切れてしまうかもしれないので、そっちを先にやらないと!」

 順風満帆に見えたビジネスの急成長ぶりとは裏腹に、当時のサイボウズ社内の状況は、青野氏の言葉を借りれば「もう、悲惨」だったという。あちこちで社員同士がけんかをし、毎日必ず1人は女性社員が泣いている。サポート担当者は「なぜ製品のバージョンアップなんかするんだ!」と叫ぶ……。まるで戦場のような職場である。

 しかし、ビジネスを成長させていくためには、絶えず製品の機能を強化し、バージョンアップさせながらユーザーに提供し続けなければならない。

 「当時のわたしからすると、『今がチャンスだ!』と思っていたんです。とにかく他社に先駆けて良いバージョンアップを繰り返して、稼いだお金を会社のブランディングに投資していかないと、生き残っていけない状況でした。でもそれを無理してやったために、この時期は社員の方々に大変迷惑を掛けました……」

 こうした状況は、2年余り続いたという。そして結局、同社のビジネスの急成長ぶりに対応するための人材は、大阪でも確保し切れなくなってきた。ここに来て、同社は本社オフィスを東京に移転することを決める。2000年7月、まずは大阪に本社機能を残したまま先行して東京オフィスを開設し、その年の12月には本社を丸ごと東京に移転した。

 愛媛県の松山市で産声を上げたサイボウズは、大阪を経て、創業4年目にして東京に進出することになる。


 この続きは、8月23日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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