1度敗れた海外進出の夢をもう1度!挑戦者たちの履歴書(47)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、サイボウズが東証一部に上場するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年09月01日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 2005年2月にサイボウズ株式会社(以下、サイボウズ)の社長に就任した青野氏だが、実はその直前にある決断を下している。米国市場への進出を目指して2001年に設立した米国現地法人を清算し、米国市場からの一時撤退を決めているのだ。

 「自分たちが作ったソフトウェアを、世界中の人々に使ってもらいたい」という思いから米国進出に挑んだ青野氏らだったが、IBMやマイクロソフトといった巨大IT企業が支配する米国市場の壁に阻まれた格好となった。

 しかし、「世界中の人々にサイボウズ製品を」との思いは決してついえていないようだ。米国現地法人を中心に海外向け製品を開発・販売する中、アジア向け製品は好評を博していた。またアジア、特に中国市場の潜在的な可能性には青野氏も早くから注目していたという。

 「日系企業が中国にどんどん進出していく流れが見えていましたので、今日本で確立しているサイボウズのブランド力をもってすれば、中国の日系企業にはサイボウズ製品を採用してもらえるに違いないと見込んでいました」

 そこで2007年5月、上海に中国現地法人「才望子信息技術上海有限公司」(サイボウズ上海)を設立。ユーザーインターフェイスを中国語と日本語、さらに一部英語に切替可能な製品を開発して発売した。現在、この現地法人では約40人のスタッフが働いているという。

 さらに、海外オフショア戦略も展開している。2006年6月にはベトナムにオフショア開発拠点を開設したが、2008年12月にはこれを現地法人化している。現在では、約20人の技術者が製品開発に従事している。

 「ベトナム拠点は、『サイボウズ ガルーン』の開発には欠かせない存在です。ガルーンは巨大なプログラムで、機能の数も膨大ですから、とても国内の技術者だけでは開発を賄えないのです」

 ではほかの主力製品、例えば「サイボウズ Office」や「サイボウズ デヂエ」は国内で開発しているのだろうか?

 「この2つの製品は、主に松山オフィスで開発しています」

 実は2008年3月、同社は創業の地である愛媛県松山市にオフィスを開設している。

 「東京では、製品サポートの人材を確保しておくのが難しいと感じていたんです。コールセンターでのサポート業務は外部に委託していたのですが、サポート要員は製品知識を身に付ける必要があるため、育成に3カ月から半年ぐらいかかります。でも、東京だと引き抜きや転職などで、せっかく育成しても辞めていってしまうことが多いんです。コールセンターの機能は必ずしも東京にある必要はなくて、地方でも問題ないので、例えば松山市のようなところであれば、サポートの方々も職場に定着してゆったりと働いてもらえるのではないかと思ったのです」

 青野氏も、そして初代社長の高須賀氏も愛媛県の出身だ。やはり、自身の出身地ということで、愛媛県にオフィスを開設しようと思い立ったのだろうか?

 「それもある程度ありました。とはいえ、現地で人材を確保できなくては意味がありません。いくら地元とはいえ、愛媛県に特にコネがあったわけではありませんから、人材の確保は難しいだろうと思っていました。ですから、当初は愛媛にオフィスを開くのはやめようと思っていました」

 ところがここで何と、松山市の市長から青野氏に直接メールが届く。「サイボウズ、松山市に来ないんですか?」

 「行きません。確かにわたしは愛媛出身ですが、大学や専門学校にコネがあるわけではないので、人材の採用ができません」

 「よし、分かった」

 ここから、松山市による自治体を挙げてのサイボウズ誘致活動が始まった。大学や専門学校には、すべて話を通してくれた。施設も、利便性が良い場所を格安で借り受けることができるようにしてくれた。ここまでしてもらったら、もうやるしかない。

 「松山市としては、『IT企業を誘致した』という実績をきちんと作るためにぼくたちを支援してくれている。だから、ぼくたちもうまくいかなかったからといって、簡単に撤退するわけにはいきません。『必ず立ち上げるぞ!』という気持ちでやっています」

 現在、松山市のオフィスでは、現地採用の従業員約40人が製品サポートと開発の業務に従事している。松山で産声を上げ、サイボウズ Officeを世に送り出した同社が、その後大阪、東京と場所を移し、最終的にはまた松山にオフィスを設ける。そして今この地で、サイボウズ Officeの最新バージョンの開発が、地元の技術者によって行われている……。因縁めいたものを感じてしまうのは、筆者だけだろうか。


 この続きは、9月3日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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