編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回まで、セールスフォース・ドットコムの宇陀氏を取り上げている。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。
日本人が外国人に対して自己紹介をするときに、自分の名前に使われている漢字の意味を説明して話の取っ掛かりにすることがよくある。外国人とコミュニケーションをとるための常とう手段で、筆者も時々使うのだが、宇陀氏は自分の名前を「仏陀」に例えてよく外国人をからかうのだという。
「宇陀の“陀”は仏陀の“陀”なので、よく冗談で外国人に、『おれの祖先は仏陀だよ』と言うんです。“budda”から誰かが“b”を忘れて“uda”になったんだと。後は、宇陀の“宇”を宇宙になぞらえて、『“universal budda”、ほとんど神様だ!』なんて言うと、外人も手を合わせたりしますよ!」
しかし確かに、名前に“陀”の字が入っていることはあまりない。そのため宇陀氏自身も、若いころから仏陀に興味があったという。その仏陀が遺したとされる有名な言葉に、「天上天下唯我独尊」というものがある。一般的には「この世で尊いものは、自分1人だけである」というような、ごう慢な意味に解釈されることもあるようだ。しかし、若かりしころの宇陀氏は、こうした解釈には釈然としなかったという。「お釈迦様のような徳の高い人物が、このような独尊的な考えを持つはずがない……」。
そんな折、不思議な夢を見たという。
「高校生のころに見た夢だと思うけど、その内容は今でもはっきり覚えている。お釈迦様が夢の中に出てきて、僕にこの『天上天下唯我独尊』の意味を教えてくれたんです。人間であれ、動物であれ、万物のすべては、『どのような階層や立場の人でも、自分自身の意思にしか従わない。だから、その人自身が1番尊いんだ』というのが意味だと」
この体験は、その後同氏が築き上げていく人生観や価値観に大きく影響を及ぼしているようだ。社会に出て、ビジネスマンとして日々働く現在でも、高校生のときに夢で見た「天上天下唯我独尊」の教えが根っこにあるという。
「例えばね、会社で上司に何かムチャなことを言われたとしても、それを聞くか聞かないかはその人の自由だし、従うかどうかを最終的に決めるのもその人自身。なぜなら、その人にとっては『自分自身が1番尊い』わけですから。そう考えると、『ここは言うこと聞いておかないと、クビになるかもとか、損をするかもしれないな』とか、『よくよく聞いてみると、確かに一理あるな』というふうに、それぞれの尺度で冷静に判断できるようになる。それこそ怒鳴られようがけなされようが、別にプレッシャーもストレスも感じなくなる。やるかどうかを決めるのは、自分なんだから。ほかの人も同じことで、その人自身が納得しないことは、何をしようが動かないものです。こういうふうに考えられるようになってからは、とても仕事が楽になりましたね」
これは裏を返すと、「自己責任」という考え方でもある。自分が下した判断は、最後は他人に強制されたものではなく、自分が自分のために決めたものだ。従って、1度決断した後は、自己の責任において行動するしかない。やり遂げるまで、成功するまで、やり続ける。
これが、他人に判断を委ねてしまうと、そうはいかない。本当は自分自身が1番尊いはずなのに、他人に言われるがままに、自分自身が納得できないまま行動を起こしても、いつまでたっても「やらされている」という感覚がつきまとう。自分自身で判断して、納得して、そして行動を起こす。その結果、成功するまで努力し続けるためのモチベーションがわいてくる。だから、「実行力」よりも「実現力」の方が大事なのだと宇陀氏は言うのだ。
「お客さまにとっても同じことです。ご自身が、やりたいと思うような提案ができれば、お客さまご自身で勝手に推進されていきます。僕の提案に従うのではなく、ご自身の判断であり、プロジェクトなのですから。そして、自分自身で『これは絶対にやるぞ!』と決めたことなら、実現するまで頑張り続けることができる。これが、自分ではない誰かが決めたことに向かってダラダラとやり続けていても意味がない。やっぱり、実現しなかったらダメ。だから、『実行力』ではなくて『実現力』なんです」
編集部より:この続きは9月17日(金)に掲載する予定でしたが、事情により、次回は9月22日(水)以降とさせていただきました。次回まで少し空いてしまいますが、引き続き、どうぞお楽しみに。
▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)
早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。
その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。
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