IBMはFBI?挑戦者たちの履歴書(55)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、セールスフォース・ドットコムの宇陀氏が大学に入るまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年10月01日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 宇陀氏が慶応大学法学部を卒業して日本IBMに入社したのは、1981年のことだった。当時はまだ「IT産業」や「IT業界」という言葉もなく、業務用コンピュータは非常に限られた用途の特殊分野と見なされていた時代だった。

 「今で言うところの、計算機のような印象だと思ってもらえれば分かりやすいかな。『計算機産業』とか『計算機業界』とかって、あまり言わないでしょ? IBMだって、世間一般的にはほとんど知られていなかった。同じくIBMに入社した僕の友人は、母親に『あなた、外国の警察に入ったの?』と言われてね。どうも、友人の母親はIBMをFBIと勘違いしたらしいんだよね!」

 当時のコンピュータ業界の位置付けを、宇陀氏はこう説明する。とはいえ、当時業務用コンピュータの主流であったメインフレームの市場で、IBMは圧倒的なシェアを誇っており、多くの国産メーカーはIBM製メインフレームの互換機を開発することで何とか対抗しているという状況だった。

 一方、当時の花形産業といえば商社や鉄鋼、銀行などであった。学生時代の宇陀氏も、当初は商社への就職を目指していたという。これが一転して、なぜIBMに入ることになったのだろうか?

 「初めは大手商社を受けていて、順調に進んでいたんだけど、たまたまIBMを志望していた友人の代理でIBMに願書をもらいに行ったら、なぜかその場で僕の就職面接をやることになっちゃったんだよ」

 何ともまあ、行き当たりばったりであるが……。しかし、結果的にはその後、同氏はIBMの採用プロセスをとんとん拍子で進んでいくことになる。

 「面接で自己紹介を、と言われて、僕の3人の兄の話をしたんですね。『1番上の兄は設計事務所を経営していて、人から引き立てられるタイプです。2番目の兄はまじめな努力家で、東大の大学院を出て大手商社で働いています。3番目の兄は建設会社にいて、サウジアラビアにプラント建設に行っています。スポーツマンでバイタリティのある人間です。で私はといえば、これといって特徴はないんですが。強いて挙げれば、3人の兄のそれぞれの長所をバランスよく兼ね備えていると思います!』。こう言ったら、面接官が皆大爆笑しちゃってさ! 別に、ウケを狙った訳でもないんだけどね」

ALT セールスフォース・ドットコム 代表取締役社長 宇陀栄次氏≫

 本連載の第3回で紹介した、同氏の持ち前である「根拠のない自信」が、ここでも功を奏したのだろうか。臆することなく、自然体で堂々と面接官と渡り合う態度が、逆にIBMの採用担当者に気に入られたのかもしれない。しかし、同氏自身は当時のことを振り返って、「本当に生意気な学生だった」と言う。

 「最終的に、営業か人事のどちらかを選べと言われた。でも、そんなの分かりっこない。そこで『私はおたくの仕事内容のことなんて分からないんだから、選びようがない。仕事のことはそちらの方が分かってるでしょうから、僕がどちらに適しているかを考えて、そちらで選んでください!』って言ったんだよね。もう、めちゃくちゃ生意気な学生でしたね」

 結局宇陀氏は、人事としてIBMに入社することを決める。筆者はてっきり、同氏は営業畑一筋で来た人物だと勝手に思い込んでいたため、この経歴はちょっと意外だ。なぜ営業ではなく、人事を選んだのだろうか?

 「ちょうど同じ年に、東大の友人がある名門企業に人事として採用されてたんで、『人事って、ひょっとしてエリートコース?』と思って。それに、IBMの人事の採用責任者が『人事と営業、どっちが良い?』と一生懸命聞いてくるから、『じゃあ、人事』って」

 こうして宇陀氏は、IBMの人事部門で社会人生活をスタートさせることになる。同氏の陽気でサービス精神旺盛な語り口から、軽いノリの就職活動だったように聞こえるが、本当はさまざまな葛藤があったに違いない。それに、一見すると行き当たりばったりに見える同氏の行動の裏には、それなりのポリシーがあったように思える。

 「だって、社会経験がまだ全然ない学生が、あれこれ考えたってしょうがないじゃないですか。どんなところへ行ったって、勉強できることはたくさんある。それに、人事の仕事は遅かれ早かれ、いつかは経験しておいた方が絶対に良いから、結果的には良い選択をしたと思ってますよ」


 この続きは、10月4日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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