運命的なタイミングでセールスフォースに出会う挑戦者たちの履歴書(67)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、宇陀氏がソフトバンク・コマース社長に就任するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2010年11月08日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 ASPビジネスの立ち上げを志して日本IBMを退職し、ソフトバンク・コマースの社長に就任した宇陀氏だったが、前回紹介した通り、就任後間もなくYahoo! BBサービス開始直後のトラブル対応に追われ、出鼻をくじかれる格好になってしまった。

 また、IBMとソフトバンクの企業風土の違いに悩まされる場面も多々あったという。

 「IBMから転職した人間が陥りがちな失敗に、僕も少しはまっていたかなあ……。IBMって、仕事上の議論がものすごく真剣で、非常に厳しいやりとりが繰り返される。部下の人も、怒鳴られても平気な人が多かったんですよ。僕自身もそうだった。それは、個人的な感情ではなく、仕事に対する真剣さに過ぎないんです。でも、ほかの会社では社長から怒鳴られたら、思い切り落胆するか、あるいは恨みに思うでしょうね。それに、IBMスタンダードみたいなことを押し付けてしまいがちになる。IBMでの基準を、誰でも、どこの会社でも、普通にやっているものだと思い込んでいるような面もある。特別優れたことをやっているという意識がないからなんだけれど。そういったことが受け入れられないこともたくさんあるように思います」

 また、ソフトバンクのビジネスの方向性そのものが、宇陀氏がソフトバンク・コマースに入社した当時から急速に変化しつつあった。ビジネスを『個人向け/法人向け』というベクトルと、『IT/通信』というベクトルで分類するとしたら、当時のソフトバンクは『法人向けIT』から、急速に『個人向け通信』に舵を切りつつあった。

 「でも僕は『法人向けIT』の人間。だから、会社がそういう方向に進みつつあって、社員も個人向けビジネスを志向している人たちが増えていく中で、自分だけが違うことを言ってても、お互い不幸になっちゃうと思ったんですよ」

 ここに至って、宇陀氏はソフトバンク・コマース社長の職を辞する決意を固める。しかし、だからといって、会社が大変な時期にいきなりポイと職務を放り投げるわけにはいかない。結局、転職を決意してから1年の間、ソフトバンクでの職務を続けたという。しかし結果的に、ここで1年留まったことが、その後の同氏の人生を大きく左右することになった。

 「それ以前にもいろんな会社からお誘いはあったし、IBMからも『戻って来ないか』というお話がありました。しかし、結果として、ソフトバンクでのさまざまな後処理の仕事をきちんと1年続けた後に辞めました」

 あの時、1年間続けずにすぐに辞めていたら、セールスフォース・ドットコムとの出会いはなかっただろうと宇陀氏は言う。

 とにもかくにも、こうして同氏は2003年末にソフトバンクを退職することになる。人材エージェントからは早速、さまざまなオファーが舞い込んだが、その中の1つにセールスフォース・ドットコムの日本法人社長のポストのオファーがあった。しかし2004年当時、同社の日本での知名度はまだほとんど皆無に等しかった。

 「米国本社もまだ上場する前でしたし、僕も正直セールスフォースのことはまったく知りませんでしたね。で話を聞いてみると、まず『CRM』だという。当時、外資系CRMベンダの製品はあっちこっちでトラブってて、僕の中では“もうボロボロ”というイメージしかなかった。で次のキーワードが、2001年に崩壊した『ドットコム』。さらにこれに『ASP』だというのだから、もう『失敗の三乗』というイメージで、これは縁起が良くないんじゃないかとすら思いましたね!」

 セールスフォース・ドットコムに対する第一印象をこう笑って話す宇陀氏だが、同社の詳しいビジネス内容を知り、いろいろ考えているうちに「なるほど、ひょっとしたらこれは、自分がやりたかったことに近いかもしれない……」と思い始めるようになる。

 ちょうどそんな折、人材エージェントから宇陀氏に連絡が入る。「今度、セールスフォース・ドットコムのCEO、マーク・ベニオフ氏が来日するので、一度会ってみませんか?」


 この続きは、11月10日(水)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


「挑戦者たちの履歴書」バックナンバー

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ