悪ガキが「フレーベル少年合唱団」に入ったら挑戦者たちの履歴書(75)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、ジュニパーネットワークス社長の細井洋一氏の少年時代を取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2011年01月19日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 「ほんとに楽しい『ガキ時代』でしたねえ」

 細井氏は自身の子ども時代のことを振り返るとき、「子ども」とは言わずに「ガキ」と呼ぶ。それぐらい、元気で活発な子どもだった。とにかく、元気に外で遊んでいればいい。そんな少年時代だったという。

 当時、小学生の細井少年が熱中したのが野球。昭和30〜40年代といえば、少年たちにとってのヒーローは何といってもプロ野球選手だった。特に巨人軍(読売ジャイアンツ)の人気は圧倒的だった。川上監督の下、王、長嶋をはじめとする名選手たちをずらりと配し、1965年から9年連続で日本一に輝いた「V9」時代が、ちょうどこのころだ。

 特に子どもたちの間で人気があったのが、長嶋茂雄選手(現在の巨人終身名誉監督)だ。若い読者にとっては、長嶋茂雄といえば巨人の元監督、あるいは最近ではせいぜいモノマネタレントのネタによく取り上げられる人、ぐらいの印象しかないかもしれない。しかし、昭和40年代には長嶋茂雄といえば、泣く子も黙る国民的大スターだったのである。子どもたちは誰しも長嶋と同じ背番号3を欲しがり、長嶋と同じサードを守りたがった。

 「大体、ガキ大将が真っ先に長嶋と同じサード・4番を取るんですよね。そんな時代でした。とにかく暇さえあれば、近所の原っぱで野球をやっていた覚えがありますね」

 ひたすら家の外で遊んでばかりいた細井少年、当然勉強などほったらかしだ。もちろん、私立中学校のお受験など、下町の悪ガキにとってはまったく無縁の世界。あまりにも暴れん坊なので、母親も相当手を焼いていたと細井氏は当時を振り返る。

 「後になってお袋から聞いたんですが、もう当時は外で走り回ってばかりいたので、『もし万が一交通事故に逢って死んだとしてもしょうがない』とまで思っていたそうです」

 実際、死にかけたこともあったという。ある日、小学校で友達同士でふざけ合って、「校舎の3階の手すりにつかまって懸垂をできるか試してみよう」ということになった。

 「ちょうどそのとき、好きだった女の子がそばにいて、ちょっと良いところを見せてやろうと思ってね。でも、実際に手すりにぶら下がって5、6回懸垂したところ、『あ、まずい。このままじゃ落っこちる!』となっちゃったんですね。そのとき、たまたま教師が巡回に回ってきて引き揚げてくれたので助かったんですけど、あのときはその教師にこっぴどく引っぱたかれましたねえ!」

 「声はすれど姿は見えず」というのが、当時の細井少年だった。とにかく、外で遊んでばかりいるが、声は人一倍大きいから、遠くに居てもよく聞こえる。

 ただ、そんなやんちゃ坊主の細井少年にも、ちょっと意外な一面があった。何と、少年合唱団に所属していたのだという。

 「この話をすると、みんな『えっ?』と驚くんだけどね!」

 当時の音楽教師が、「この子はあまりにも暴れん坊だから、情操教育の一環として合唱でもやらせてはどうか? 声も大きいことだし」と、細井氏の母親に提言したのだという。

 こうして入団したのが「フレーベル少年合唱団」だ。子ども向けの児童書や絵本を扱う出版社「株式会社フレーベル館」が運営する合唱団で、1959年の発足以来、現在に至るまで活動を続けている名門合唱団である。当時小学2年生だった細井少年は、この合唱団に4期生として入団した。

 「歌うこと自体はとても楽しかったんだけど、それよりも練習場所のホールに置いてあった卓球台の方に興味が向いちゃって。いつも早めに行っては卓球台で一汗かいて、合唱の練習をするころにはヘトヘトになっちゃってね!」

 1つ1つ、記憶のページを繰りながら、細井氏は当時の思い出を実に楽しそうに語る。

 「年に1回、大きなホールでオペレッタ形式を含む演奏会をやるんだけど、小学校4年生のときに衣装で白いタイツを履かされて、あれは恥ずかしかったなあ! あと、作曲家の磯部俶(いそべとし)先生が指揮を務めてたんだけど、合唱団の催しにはよく磯部先生の弟子のボニージャックスや中尾ミエさんが来ててね。中尾ミエさんに『ねえ、オバサン!』と話し掛けて『お姉さんと呼びなさい!』と怒られたりしてね!」


 この続きは、1月21日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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