アキバ独特の雰囲気に面食らう挑戦者たちの履歴書(93)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、ジュニパーネットワークス社長の細井洋一氏がNVIDIA社長に就任するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2011年03月04日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 2007年9月、GPUメーカーNVIDIA(エヌビディア)の日本代表兼米国本社バイスプレジデントに就任した細井氏。これまでネットワーク、ハードウェア、アプリケーションと、ITのさまざまな分野でキャリアを積んできた同氏だったが、チップ業界はまったく初めての経験で、当初はなかなか勝手が分からなかったという。そして、初めて受けた洗礼が、秋葉原で開催された製品発表に出席したときのことだ。

 「まず、ネクタイを締めているのが自分だけで、びっくりしました! 慌てて外しましたけどね。『やはり、チップの世界はカルチャーが違うんだなあ』と感じましたね。でも、従来のようなPCやゲーム機の世界だけでなく、もっと世間に広くGPUの可能性を知らしめなければ、と思いましたね」

 そこで細井氏が取り組んだのが、スーパーコンピュータへのNVIDIA製GPU採用の働き掛けだ。

 GPUと言うと、主にグラフィックス処理の用途で使われるものだというイメージが強いかもしれない。しかし、その高い処理能力や広いメモリバンド幅は、科学技術計算などで利用されるグリッド型スーパーコンピュータにおいても威力を発揮するのだ。その成果が最も大きく現れたのが、東京工業大学が開発したスーパーコンピュータ「TSUBAME」へのNVIDIA製GPUの採用だ。それまで、CPUのみで構成されていたTSUBAMEは、2008年NVIDIA製GPUを一部に採用した「TSUBAME 1.2」へと進化を遂げ、当時のスーパーコンピュータの世界ランキング「Top500」で29位に入るという好結果を出した。

 また、製造業における構造解析や仮想実験といった、極めて高いコンピューティング能力を必要とするシミュレーションの分野にも、積極的にGPUのソリューションを売り込んだ。

 もちろん、それまでのGPUの主戦場であったグラフィックスの分野にも、これまで以上に力を入れていったという。

 「これからは、あらゆる場面で高解像度の動画データが利用されるようになってきます。従って、グラフィックスチップのパワーは今後ますます大事になってくる。例えば、最近の携帯電話やスマートフォンでは、高解像度の動画を録画して、それをそのままネットワークで送れるようになっています。これまでは、ネットワークに流れるデータと言えばテキストや、せいぜい静止画がいいところでしたが、今後は高解像度の動画データがネットワーク上をどんどん流れる時代になってきます」

 そうなると当然、グラフィックスを処理する端末の性能だけでなく、グラフィックスのデータを転送するネットワークの性能や信頼性も重要になってくる。こうした流れを鑑みると、今後はきっとインフラとしてのネットワークの重要性が注目されてくるに違いない……。

 そんなことを考えていた矢先の2009年秋、細井氏の下に懐かしい人物から1本の電話が入る。

 かつて、サン・マイクロシステムズ(以下、サン)でサーバ製品を設計し、その後はサーバ製品担当として度々細井氏と仕事を共にした、デビッド・イェン氏だ。同氏は当時、サン・マイクロシステムズを退社し、ジュニパーネットワークス(以下、ジュニパー)に所属していた。細井氏はそのイェン氏から、「ジュニパー日本法人の社長を探しているんだが、やってくれないか?」とオファーを受けたのだ。

 「ちなみに、デビッド・イェンをジュニパーに誘ったのは、ジュニパー創設者の1人であるプラディープ・シンドゥという人物なんですが、彼はデビッドと一緒にサンでサーバ製品の設計に従事したメンバーの1人なんです。そしてもう1人、設計に携わったジェン・スン・フアンという人物がいるんですが、彼は何とNVIDIAのCEOだったんです! そういうつながりが、僕の知らないところであったのを後から知って、『僕がジュニパーに誘われたのも、何か運命的な力が働いた結果なのかな』なんて思いましたね」

 ビジネスマンとしてのキャリアを、バイテルのネットワークビジネスからスタートさせ、その後ハードウェア、ソフトウェア、アプリケーション、チップと経験し、そして運命の糸に手繰り寄せられるようにまたネットワークの世界に戻ってきた……。

 「ジュニパーはチップを自社で開発しているし、ソフトウェアも独自OSを持っており、これからはアプリケーションもやろうとしてる。そういう意味では、ジュニパーは僕がこれまでやってきたことの集大成になるのではないか、と思ったんです」

 こうして細井氏は2009年11月、ジュニパー日本法人社長に就任する。


 この続きは、3月7日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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