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» 2011年05月18日 12時00分 UPDATE

挑戦者たちの履歴書(113):会社を救うため、数千万円の多重債務者に

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、田中氏がさくらインターネットを上場させるまでを取り上げた。初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

[吉村哲樹,@IT]

 2005年10月、東証マザーズに上場を果たしたさくらインターネットだったが、翌2006年に相次いで進出した新事業に失敗し、深刻な経営危機に陥る。2007年、同社は経営を立て直すべく、これらの事業から撤退し、もともとの本業であったデータセンター事業に専念する方針に転換する。田中氏は、当時の事情を次のように説明する。

 「上場直後に進出したオンラインゲームや動画配信サービスは売り上げが厳しく、続けるのが難しかったのです。上場した時、3億円ほど資金調達をしたのですが、それも新規事業への投資で全て使い果たしていました。本当は10億円ぐらい一気に調達して、もともとの本業であるデータセンター事業に適切に投資できれば良かったんでしょうけど……。後悔先に立たずですね」

 危機に瀕した経営を立て直すべく、同社は2008年3月期の中間決算において、オンラインゲームを初めとする不採算事業の減損処理を一気に行った。その結果、この期のさくらインターネットの決算報告は、債務超過に陥ることになった。

 この結果を受けて、2007年12月に社長の笹田亮氏が引責辞任。代わって、それまで副社長のポジションで経営を支えていた田中氏が社長に就任する。ここから、田中氏のリーダーシップの下、さくらインターネットは経営立て直しの道を歩むことになる。

 「債務超過」と聞くと、筆者のような経営の素人は「倒産がほぼ決定的なのではないか?」と思い込みがちだ。しかし、決してそういうわけではないと田中氏は説く。

 「債務超過自体が倒産の直接の原因になるわけではありません。お金がなくなってしまうから、倒産するわけです。そういう意味では、本業のデータセンター事業では利益がきちんと出ていましたし、不採算事業の大幅な減損でかなり身軽にはなっていましたから、十分に乗り切れると考えていました」

 田中氏の発言を少々補足をすると、一般的に債務超過とは会社の資産を負債が上回った状態を差す。つまり、債務超過になったからといって即倒産になるわけではなく、通常債務超過に陥ると銀行が資金提供しなくなるために運転資金が足りず、取引先への支払いが滞るから倒産になるわけだ。逆に言えば、運転資金のめどが立っていれば立て直すことは十分に可能だ。

 さらに踏み込むと、この債務超過の状態を完全に解消するためには、純資産の不足を補うために増資を受けるか、利益を上げて資産を増やすことが必要となる。田中氏は、事業活動を継続するために、取引先や金融機関とのコミュニケーションを実施し、理解を得た。また、取引先、1軒1軒に頭を下げて回り、支払いを待ってもらった。銀行の担当者とも密に連絡を取り、融資の返済を遅らせてもらった。

 そしてこの時期、双日による第三者割り当て増資が決まったことも大きかったと言う。

 「もともと双日さんからは2007年7月ぐらいから出資の話をいただいていたんですが、ずっとお断りしてたんです。でも11月に、いよいよ債務超過で『待ったなし』となったとき、双日さんなら翌12月に増資の発表をしていただけるということだったので、お願いすることにしました。わずか1カ月で話を通していただいて、その後も経営の独立性を担保していただいているので、とても感謝してます」

 双日による増資は、翌2008年の2月には完了。そのころには早くも、債務超過の状態は脱していたという。いくら企業規模が小さいとはいうものの、これは驚異的なスピードでの回復だと言えよう。

 とは言え、この間、田中氏は個人としても、会社の経営回復のためにかなり身を削ったようだ。

 少しでも債務超過の額を減らすためにと、減損対象の子会社の株を自腹を切って買い取った。掛かった金額は実に数千万円。しかし、そのような多額の資金が田中氏の手元にあるわけがない。自社株も当時は不適格銘柄に指定されていたため、売ることができなかった。そのため、田中氏はほぼ全額を個人の借金で賄った。

 当時、役員報酬は当然のことながら大幅にカット。しかし、借金の利子は払い続けなければならない。その上、住宅ローンの支払いが重くのし掛かる。社員の給料やボーナスの支払いも遅らせるわけにはいかない……。

 「当時、クレジットカードをたくさん持っていたんですが、それらを常に上限額いっぱいまで使ってお金を借りて、何とかしのいでいました。一番苦しかった時期には、『もう1、2万円の単位でお金がない、足りない』という状態でしたね。完全に多重債務者です」

 これでは、例え会社の経営が立て直せたとしても、田中氏個人が自己破産しかねない状態だ。

 「多重債務者って、回復するまでは本当に大変なんです。でも、そんなことを社員に言うわけにもいきませんからね。結局その後、業績が回復して給料の額も元に戻ったおかげもあって、2008年の9月ごろには何とか多重債務状態から脱出できました」


 この続きは、5月20日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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